Chapter 3 腕時計と男の物語
男には愛用の腕時計がある。最高の相棒として、その腕時計は男と同じ時間を刻んできた。楽しいときも、つらいときも、いかなるときも、だ。そんな男と腕時計が紡ぐ、とっておきの物語をここで。
レトロなダイバーズが友の絆を呼び覚ます
輝く太陽の下、永遠に続くような夏よりも、深い藍色に波しぶきが白く砕ける冬の海を見るのが好きだ。毎年こうしてこの海辺に訪れるようになってもう数十年になる。そして思い出すのだ。かつての出来事、そしてあいつのことを。
腕時計SSケース、45mm径、自動巻き。143万円/ブランパン ブティック銀座 03-6254-7233、シャツ1万2000円/ペニーズ、カットソー5500円/サニースポーツ、パンツ1万5000円/ワン イン ザ ワールド(すべてセル ストア 03-6459-3932)
学生時代、ダイビングが共通の趣味だった僕らは多くの海を潜った。ダイビングは危機管理からひとりで潜ることは基本的に許されないが、気の置けない相手とバディを組めばより楽しい。そんなある年、潜り納めのこの海でそれは起こった。
冬の海の潮止まりを読み間違え、速い潮流につかまってしまったのだ。流されまいと必死になって海底にしがみついた。見上げたはるか水面は白波が立っている。下手に浮上すれば岩場に叩きつけられるだろう。
海に冒険を求め、若さと自信だけがあった頃だ。ダイブコンピューターはまだ普及せず、水深計とタンクの残圧計、そしてダイバーズウォッチだけが頼りだった。やがてレギュレーターの空気も渋くなってきた。意を決し、ふたりは浮上を始めた。
あれから25年、今も変わらずダイバーズウォッチを愛用しているのはそんな苦い経験もあってのことだ。手にするのはブランパンの「フィフティ ファゾムス」。道具としての信頼性を求めてたどりついた結論だ。
ダイバーズウォッチは、軍に用いられたスキューバダイビングが戦後民間に広まり発展した。特に「フィフティ ファゾムス」がモダンダイバーズの始祖と呼ばれるのは、潜水中の経過時間を計るロック機構付き回転式ベゼルを1953年に発案し、実用化したことからだ。かくしてこれが現在のダイバーズのスタンダードになり、多くのダイバーの命を救った。そしてそれを今身に着けるのは当時の自分への戒めでもある。
「よお、何たそがれてんだよ」。振り返るとそこにあいつはいた。あの頃と変わらぬ日焼けした笑顔と腕にはダイバーズ。今は水中写真家となり世界の海を潜っているが、年に一度ここで再会する約束だ。
「またアレを思い出してんだろ、相当ビビってたからな」と茶化す。でも僕は覚えている。あの瞬間、マスク越しのあいつの目は最悪の結果を覚悟していたことを。まあいい、そんな過去は海の底に残し、友情の証しはふたりの腕にあるのだから。
BLANCPAIN
ブランパン/フィフティ ファゾムス オートマティック
SSケース、45mm径、自動巻き。143万円/ブランパン ブティック銀座 03-6254-7233
ダイバーズの礎となった永久不滅の名作
1735年創業の名門とダイバーズは、ひとりの男の情熱によって結びついた。ブランドCEOだったジャン-ジャック・フィスターはダイビングに魅せられ、潜水部隊用の腕時計を求めていたフランス海軍との協業で1953年に「フィフティ ファゾムス」を発表。
考案したロック機構付き回転式ベゼルは、その後のダイバーズのスタンダードになった。現行モデルは強い衝撃にも精度への影響を抑えるフリースプラングテンプや、3つのゼンマイによる5日間駆動を誇る。いずれも信頼性を高め、命を守るダイバーズの伝統を継承するのだ。