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 家がお寺だとカトリックの学校に通うということに問題があるのか。たぶんそれは、私だけが抱いた疑問じゃなかったと思う。
 ただ、それは本人にとっては本当に重大な問題で絶対的な秘密だった。だとしたら、それを周りが大したことないって決め付けて笑い飛ばしてしまうということは、実はとても危険なことだったのかもしれない。
 友情だと言って許される範囲は一体どこまでなのか。
 宇宙の真理ほどではないけれど、十分に難解で途方もない問いだと思ったそれは、その説明のあともっと答えなんて出しようもないものに変わっていた。
 例えば、牛乳を飲まない人がいて、それを単なる好き嫌いだと思って本人には知らせずに料理に使って食べさせたら、実はそれはアレルギーだった。
 その出来事をこんな例えにしていいかどうかはもちろんまた別の問題があるかもしれない。ただ、もしその仮定の話で本当にアレルギー症状が出て、しかもそれが命に関わるような重いものだったとしたら、その牛乳を勝手に入れた側がどんなに「好き嫌いを直してあげようと思って」と言ったって、許されるものじゃないだろう。まして、それが牛乳そのままの形で置かれていて、自分が飲むまで自分の大切な人が責められるなんて状況を押し付けていたのならなおさら。
 白薔薇さまは自分の秘密を他人に知られたら、学校を辞めなきゃいけないと思っていた。辞めるべきだと思っていた。だとしたら、その出し物は1つ間違えれば取り返しのつかないことになっていた可能性さえ含んでいたものだったのかもしれない。
「だからね。ちょっとこの記事を書くとき考えちゃって」
 苦笑する真美さまは、顔全体を見たら笑っているという表情ではなく、今でもその考えには結論が出ていないことがそこからもうかがえた。ただ、「結局、いくつかの事実を隠した記事を書いてしまった」と、口にしたそれは後悔のような言い方だったけれど、でもどこか納得しているような響きでもあった。
「……」
 私は当たり前のように何も答えられなかった。だって、私なんかにその謎を解けるわけがないし、それに軽々しく何かを口にすることさえはばかられたから。
 だから私はただじっと、かわら版の表に載っている2人の姿を見つめた。抱き合うように寄り添う白薔薇さまと二条乃梨子さまのその写真は、それまではただきれいな1枚のシーンでしかなかったのに、いまや2人の悲痛な叫びを切り取ったようにも感じられる。もちろん、それは私の勝手な想像の産物でしかないけれど。
 一口りんごジュースをすすった真美さまは私にも「飲まないの?」と勧めてくれたけど、私の手は伸びなかった。
 だけど。
「ごめんね。変なこと話して」
「いえ。そんなこと」
 真美さまにそんな必要のない言葉を言わせてしまったから、私もやっぱり自分のジュースを手に取った。二口飲むと、口の中にほんのりと残る甘さは、後味が悪いと言う人だってきっといるだろうと、そう思った。だけど、私自身はその感覚を嫌いじゃないのだ。この瞬間だってそう。
 ほんの少しだけ心が落ち着いた気がする。りんごジュースと真美さまのおかげで。
 黙りこくっていても何も話は進んでいかない。勝手な想像を積み上げていても答えに近付けるわけないし、少なくとも、真美さまは私にそんなことを求めてなんていないのだから。
 何をどう話していいのかわからないけど、話をつなぐだけでも意味はある。私が口にしたのは1つの質問だった。
「白薔薇さまと二条乃梨子さまは?」
 それからどうですか、と。私は聞く。
 真美さまはそれにさらりと1つの事実を返す。
「まだ姉妹にはなってないわ」
 ただ、そのあとには予想も1つ付け足して、今度は小さくだけれど確かに笑った。「でもきっと」と。
「そうですか」
「うん。あ、でも私がそうなればいいと思ってるだけだから、あんまり信じ込まないでね」
 真美さまの目、真美さまの言葉を信じないで、他の何を信じるというのだろう。わずかに照れるような口調の言葉に私は思った。あまり深刻に考えなくていいのだと。
 ほっとしたら、私も姉譲りで変わり身が早いのだろうか。目の前の写真から胸騒ぎを感じるようなことはなくなって、だから私は視線を写真から真美さまの笑みに移すと、はっきりと言ったのだ。
「いいえ。私もそう思いますから」


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