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 高等部と中等部では、同じ3学年1学期の中間テストでもかかるプレッシャーはずいぶん違うはずなのだけど……。
 私はうっかりしていたかもしれない。白薔薇のつぼみの誕生というニュースを仮に姉が仕入れたとしたら、それは確かに勉強も手につかなくなるかもしれないけれど、じゃあ、白薔薇姉妹が誕生しなかったら姉が勉強に集中するのかといえば、それだってイコールでつなげられるわけではないのだ。
 姉は17年以上、私も14年以上それぞれの人生を生きてきた。だから、その期間を考えたなら、私たち姉妹のテストに臨む姿勢がこれまでとほとんど変化がなかったというのも、多少うなずけることではある。ただ、私はともかく姉に関しては、もうちょっと勉強をする方向に変化した方がいいんじゃないかと思わずにはいられないのだけど。
 テストの結果が出て、あるいは1学期の終わりにお母さんが頭を抱えることにならなければいい。私はさらに少し心配になると、なぜか使命感のように自分ががんばらなきゃいけないような気になったり、それに気付いて馬鹿馬鹿しくなったりした。
 そんな、学校生活においてある程度は重要な行事である中間テストも間近に迫り、明後日からという日のことだった。私がその、初めての光景に出会ったのは。
 朝、いつもと変わらない登校時間、晴れた空。マリア様に手を合わせ、高等部と中等部の分かれ道、私は視界にその人を捉えたのだ。
(あ……)
「あ……」
 先に相手に気付いたのは、どっちだっただろう? 瞬間的に視線が合ったその人だったかもしれないし、私だったかもしれない。いずれにしても、その人が漏らしたつぶやきと同じものを私も心の中で発していた。
 駆け寄るような気持ちで歩み寄ると、その人はにこやかに。
「ごきげんよう。なつちゃん」
 大きな「つ」。その呼び方で私を呼ぶ人はこの人たった1人だけ。
 いつ見ても櫛がしっかり通って乱れのないショートカット。そのきれいな黒髪を丁寧で几帳面に留めるピン。自然に伸びた背筋。きっと姉に注意されたことなんてないだろう整った胸元のタイ。いつもどおりのその姿に、私はいつも安心して尊敬する。
「ごきげんよう、真美さま」
 挨拶を返した私は抑えようとしなかったから、きっと真美さまよりもにこやかだったに違いない。朝から会えるなんて、なんて幸先のいい1日のはじまりだろう。そんな風に思って。
 もちろん、これってまるで真美さまが私を待っていてくれたみたいだなんて、勝手に浮かれて緩みそうにまでなる気持ちと顔はそのときちゃんと抑え込んだけど。
 そして尋ねた。
「どうかなさったんですか? 中等部に何か御用が?」
 だけど、「誰かに用があるなら私、探してきましょうか?」と口にすると、真美さまはくすりと笑う。
「じゃあ、築山なつちゃんを探してきてくれるかしら? できるだけ早いと嬉しい」
「……え」
 そこにあった名前にドキッとした。だってそれは間違いなく私の名前だ。それに私の他にも中等部に「築山なつ」という名の子がいるなんて話は聞いたことがない。それはつまり。
「私ですか?」
「そうね。それできっと間違いないと私は思うんだけど……。どう?」
 面白がるように、ちょっとわざとらしく首をかしげて真美さまはふふりと笑う。そして、尋ねておきながら私の答えを聞く前に、しっかり顔を切り替えて言ったのだ。
「なつちゃんを待ってたのよ」
 それはほのかに笑みをたたえつつ、だけど真面目で冗談ではない顔。
 打ち消した勝手な想像がまさか正解だったなんて。私は真美さまのように表情をコントロールできなかったから、きっとそのときの自分の顔はちょっとだらしなかったと思う。びっくりして。嬉しくて。


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