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 いくら山百合会にそれほど興味がなくて疎い私だって、白薔薇さまが真美さまと同じ2年生だということくらい知っている。
 じゃあ仮に、それが「白薔薇さまの妹になれることになった」ではなく「白薔薇のつぼみになれることになった」だったとしたら、私ももう少しくらい真美さまの希望に沿った反応が返せたのだろうか?
 たわむれにそんなことを思った私は、一秒後にはもうその考えに首を振っていた。
 もちろんそんなことあるわけがない。だって、私は私の希望に沿った答えが返ってこなかったら、結局はがっかりしていたに違いないから。ただ、それがもし「白薔薇のつぼみ」の方だったなら、もう少しくらいはこのがっかりの度合いが軽かったかもしれないとは思うのだけれど。
「白薔薇さまにおメダイを渡すアシスタント、ってことですか?」
「そういうことみたいね。志摩子さんにはまだ妹がいないから」
 真相を聞けばそれは山百合会のお手伝いで、真美さまが口にしたような出来の良くない冗談みたいな要素はどこにも存在しないごく真っ当な依頼だった。実際それは真美さま自身が認めるように、山百合会からぜひにとお願いをされたというわけではなく、真美さまが自分を売り込んで積極的に取った仕事らしいけど、それだって山百合会側がOKを出したなら特に問題になるようなことじゃない。
 同じクラスにつぼみが2人。いずれにしても真美さまはそういう自分の立場をうまく活用したということなのだろう。私にはそんな真美さまを羨ましがって悔しがる姉が容易に思い浮かんで、頭の中で「真美が」とか「真美ったら」とか「真美のくせに」と、ぶつぶつ文句を言うそれはちょっとうるさいくらいだった。
 そもそも同じ学年に薔薇ファミリーが2人しかいない姉を考えれば、真美さまの環境は羨ましくて仕方ないに違いない。だからそんな反応も多少は仕方ないことかもしれないかな、なんて理解してあげた私は、姉の愚痴は実際に耳から入るときでも聞き流すことでやり過ごそうと決めた。そのときだ。
(あれ? でも……)
 私はふと思った。でも、つぼみの2人と同じクラスになったときでも真美さまは今日ほどご機嫌で浮かれてはいなかったなって。
 真美さまは同級生らしく「志摩子さん」と普通に名前で呼ぶ白薔薇さまだけど、それでもやっぱりつぼみの2人とはどこか違うのだろうか。白薔薇さま、藤堂志摩子さまは。
「真美さまから見ても、白薔薇さまはすごい方なんですか?」
「志摩子さん? もちろんすごいわよ。2年生で薔薇さまって、なつちゃんはすごいと思わない?」
「もちろん思います。でも、そうじゃなくて」
 どう言えばちゃんと伝わるのだろうか。返ってきたその答えはちょっと私の質問の意図とはずれたものだったから、私はもう少し言葉を選ばなきゃいけないと思った。それはもちろん私だって2年生にして生徒会長である薔薇さまになるというそのことがすごくないなんて思ってやしないのだ。それこそ「藤堂志摩子」さまはリリアン女学園高等部の歴史に、普通の薔薇さまよりもずっと名を残すに違いないと思っている。だけど、私の聞きたいことはそういうことじゃなかったから。
 知りたいのは肩書きのことじゃない。私が知りたいのは、思いが1つの言葉に集約できるようになる前からずっと、私にとっては目標であり尊敬する先輩だった真美さまをして、アシスタントになれることがそんな上機嫌になることにつながるような人なのかどうかだ。
「その、薔薇さまだからどう、ということじゃなくて、真美さまから見て白薔薇さまはすごい人なのかなって……」
 考える時間があまりなかったせいか、そのくせ考えあぐねたせいか、改めて聞こうとしたその言葉も結局うまい聞き方ができたとは到底言えないものだったと思う。薔薇さまとしてではない何かを聞きたいのに「白薔薇さま」と呼んで尋ねるなんてその時点ですでに矛盾してるし。
「そうね……」
 だけど、真美さまにはそれでも伝わったのだろうか。そうつぶやいて少し考えると、微笑み交じりに答えてくれた。
「正直に言えば実はまだ全然わかってないの。これでようやく近付けるってとこでね。だからその質問はちょっと答えられないわ」
 少し申し訳なさそうな、それでいてやっぱり楽しそうな空気を醸す笑み。私にはそれが、真面目にきちんとその人を見極めようとする、とても真美さまらしい答えだと感じられた。だから。
「ごめんね。また今度でいい?」
 そう尋ねられた私には不満なんてもちろんまったくなくて、ただはっきりとうなずいたのだ。
「はい。また今度教えてください」


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