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 外出の目的を果たして安心できたからだろうか、そのあとの夕食はとても美味しかった。しっかり付けさせてもらったデザート(苺のムース)ももちろん美味しくないわけがなかったし。
 そして、いつもよりはゆっくり駅からの道を歩いて家に帰り、それから1時間ほど遅く帰宅した母にその日のうちに半分は残っているお金を返すと、その日の私の予定はほとんど全てが滞りなく終わった。
「なっちゃん、お出かけしたのよね?」
「うん。楽しかったよ。ありがと、お母さん」
「そう。それならいいんだけど……」
 お釣りを受け取るそのとき、そんな何か躊躇するような様子を見せた母にはその私の言動は少し望ましくないものだったかもしれないけれど、でもそれだって私にとってはほとんど予想通りのこと。ほっとする必要もがっくりする必要も私の側にはなかった。
 ただ、強いて言うならそのあとに、「どうしようかしら。なっちゃん何か欲しいものある?」なんて、私の悩んだ経過と結果がすっかり無駄になるような元も子もない誘惑をされたときにはまたちょっと困らざるを得なかったけれど。
「今は、特にないかな」
 頭の中に欲しいものがぽんぽんと思い浮かぶ前にそう答えて、さっと部屋に戻ると明日の仕度をして日記の今日のページを開いた。実際、姉と一緒の「お出かけ」は面白かったから、私には欲しいものが朝よりもずっと増えていたのだ。ペン1本にしろピン1つにしろ気に入ったものを考えていたらキリがない。それを口に出したら話は余計ややこしくなってしまうし。
(でも……)
 どうやら「あのブックカバーはよかったな」とか「あのポーチは可愛かった」とか、残念なことに日記をつけるために1日を振り返ると、やっぱり思い出さずにはいられないようだ。だから私も今度は自制を諦めて、あるいは密かに楽しみながら頭の中にそれを並べていくことにした。ありがたいけれど今はあまり嬉しくない申し出もちゃんと断ってあるし、どうせそれも眠りにつくまでのこと。夢の中でくらいそれを全部揃えてみるのもいいかもしれないから。
 グレーの帽子、ベージュのかばん、オフホワイトのショールにクリーム色のスニーカー。
(……あれ?)
 でも、今日見つけたそれと、それを周りに置いてみた自分を想像して思った。それはどれも好みだったけど、もしかしたら揃えてコーディネートはしない方がいいかもしれないって。私は微かに苦笑いしながら日記を書き終える。夢の世界で失敗する前に気付いてよかった。
 家に帰ってきてもデートの続きなのか、ささやかな晩酌をしている父と母に「おやすみなさい」と挨拶をして、ゴールデンウィークを終えようと部屋の灯りを落としベッドに入った。まどろむ前に確認するように思う。明日からはまた普通の学校生活だなって。そして、そんな生活の一番最初に来る行事は、マリア祭。
 そういえば、マリア祭が世間一般には全然関係のないリリアン独自のお祭だと知ったのはいつだっただろうか? 母の日と同じようにそれはカレンダーには載っていないけれど、日本中、いや、世界中で盛り上がっているものだと思っていたのはいつまでだっただろうか? 今は、たぶんそれが母の日に合わせて行うことにした聖母のお祭なんじゃないかって推測もあるのだけれど。
 その日は学園中のマリア像を花で飾り、授業もなしで代わりにミサ。幼稚舎の園児たちが天使の仮装でパレードする様子はとても可愛いくて、それを眺められるのが学園内に限られるのはちょっともったいないくらい。
 確かその日、姉の話では高等部では初等部や中等部にはない新入生歓迎会があるらしい。生徒の自主性を重んじる高等部だからこそのそれは先生もシスターも抜きで行われるらしいのだけど、一体どんなことするのだろうか?


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