− 98 −

 同じことをするとしても、ただ漠然とそうするのと意識的にそうするのでは、はたから見れば見え方が同じでも実はずいぶん違うものなのだと思う。例えば、母の日のプレゼントをカーネーションに決めたりすることだってもきっとそう。
「もちろん、悪くはないと思うわよ。でも……」
 姉と一緒に歩き回ったその日、私は結局母の日にはその定番の花を贈ると決めた。スカーフや口紅、他にも案外ケーキの盛り合わせなんてお母さんは喜びそうだと考えていたけれど、ちらりとのぞいてみた花屋さんでふっと心がそこに着地するようにカーネーションがいいと思ったから。カーネーションでいいとか、カーネーションもいいじゃなくて、カーネーションがいいと。
 プレゼントは自己満足のためにするものじゃない。だから、たとえ私がそんな風に考えていたとしても、それがそのプレゼントを贈られる側のお母さんに伝わらなければ意味はないだろう。
 ただ、自分が選んだプレゼントに自分がちゃんと納得できるということだってやっぱり大切なことのはずだし、少なくともお母さんがそれを嫌がるということは絶対ないと信じられた。……まあ、ほんの3か月ほど前に私には自分が満足するためだけのプレゼントをしたという事実があることを言ったらそれまでではあるのだけれど、それは置いておいて。
「うん。でも、決めたから」
「そう……」
 とにもかくにも、私は姉にそう答え、そのはっきりとした私の意思表示に姉は少し肩を落とした。せっかくたくさんのお店を回ったのに結論がカーネーションなんて、がっかりしてしまったに違いない。
 ただ、うまく伝わっていないけれど、もちろん私だってそんな目移りするくらいいろいろな候補を挙げてくれた姉にはすごく感謝していたのだ。だってそうやってしっかりと他の物を見て回ったからこそ、私はカーネーションに落ち着いたような気がしていたから。
「ごめんね。お姉ちゃん」
 ありがとう。という気持ちも込めて謝った。だけど、やっぱりうまく伝わらなかったのだろう。「別に謝らなくていいわよ」と笑いながらも姉は気を落としたままで、そのあとの「お姉ちゃんはどうするか決めた?」という質問にも芳しくない返事だった。
 そんな、私も改めて申し訳ない気持ちになりかけていたときだ。
「あら。じゃあ、2人で1つの花束をプレゼントすればいいんじゃない?」
 私がカーネーションに決めたその花屋のおばさんがとても自然に私たち姉妹にそう言葉をかけた。そして続ける。「1人より2人の方がずっと豪華なの作れるわよ」と。
「2人で1つの花束、ですか?」
「そう。やっぱりこの時期はカーネーションも高くなっちゃってるし、ある程度お金がないと少し寂しくなっちゃうのよ。ね。だから、それがいいわ」
 瞳に「どう? 名案でしょ?」という強い光をたたえておばさんは胸を張る。確かに、それは中学生である私の限られた予算を考えると間違いなく考慮に値する提案だった。ただ、この場合問題は私ではなくて姉。姉は姉で頭の中にはすでに十分候補があるのだろうから、それを全部なしにするというわけにはいかないはずなのだ。様子をうかがうように隣にあるその顔をのぞき込む。
 と、どうしたことだろう。そこにはもうすっかりおばさんのそれに呼応するように瞳を輝かせる姉がいた。
「そうします。そうしよう。なっちゃん」
「え……あ、うん」
 なんて変わり身が早いのだろうか。動き出した姉は私をあっという間に追い越して、私を置いてきぼりにする勢いでおばさんと相談しはじめてしまっている。あーでもない。こーでもない。私はあわてて追い付いた。
「お姉ちゃん。カーネーション忘れないで」
 そして、それから10数分。ようやく話はまとまって私たちはその花屋さんに注文をした。いつもより少し値は張るけれど主役のカーネーションを真ん中に、普段と変わらない、あるいは少しだけ普段よりはお得ないろいろな色の花をあしらって。いつもはきっと花屋さんでは主役の薔薇もそこに一輪。それは姉も私も満足なものになったと思う。
「きっとお母さん喜ぶわよ」
 じゃあ、母の日の当日にまた来てね、と。お店の外まで見送りに出てくれたおばさんに2人で「よろしくお願いします」と頭を下げた。そのタイミングが珍しく揃っていたからだろう。花のようによく笑うおばさんはまた明るく笑った。「姉妹の仲がいいってことが何よりのプレゼントね」と。
 それから少し、歩きながら私は思った。私1人のささやかなカーネーションから、注文を私たち姉妹2人の花束に巧みに誘導したおばさんは商売上手だなって。ただ、それに気付いていても私は悪い気はもちろんしていなかったのだけど。


前のページへ / ページ一覧へ / 次のページへ