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 確かに、ぼんやり読書してぼんやり散歩して、ある程度好きにできた食事のことも「ご飯炊いて、あとはスーパーでお惣菜を買ってくればそれでいいかな」なんて、そんな1日の過ごし方はちょっと考えが地味すぎたような気はするけれど、だからと言ってそれが派手ならいいというものでもないと思う。
 結論から言うと、私は臨時収入として自分のお財布に入れてしまっても怒られなかったのだろうそのお金も、お昼と夜の食事代に使った分以外は母に返すことにした。
「お姉ちゃんと一緒に出かけてきなさいって言われたんだけど……」
「え、なになに、なっちゃん。それ使っちゃっていいの?」
「……いや、あのね、お姉ちゃん」
「どこ行く? どこ行こうか? ねえ、なっちゃんはどこ行きたい?」
「……」
 ちなみに、それは別に、経緯を説明したときに姉がそんな驚くほど予想通りの様子ではしゃいでしまったからではなくて、少し時期が悪かったから。
 母は、あるいは母だけじゃなく父も、姉と違ってあまり遊ぶということや、そもそも外出するということにさほど熱心ではない私を心配したのかもしれない。実際、頭の中にあったゴールデンウィーク最終日の過ごし方がその有様だった私には、それに反論することもできないのだけれど。
 だから私は、あまり手にする機会のない種類のその紙幣を少しの間眺めると、悪いことをしたというわけではないけれどちょっぴり反省して、母の言いつけどおり姉と一緒にショッピングに出かけることにした。ちょうど見て回りたい物もないことはなかったから。ただ、それこそ私がそのお金を自分のものにはできない理由だったのだ。
「お姉ちゃんはもう、母の日のプレゼント決めた?」
「あ……。えーと、そうね。決めてるわよ。大体は」
「もう用意もしてあるの?」
「そ、それはまだよ。……なっちゃんもそうでしょ?」
「うん。私もまだ」
「でしょ。そうよね。普通まだよね。そうよ、そう」
 別にまだ決めてなくても時間はあるからいいと思うのだけど。
 ともかくも、今の今までの早口とは違って少し歯切れが悪くなった姉もその必要性を理解したように、もうすぐその日はある。カレンダーにその日の名前が書いてあるわけじゃないけれど、ゴールデンウィークとかなり近いところに。
 そう、私が私のお財布を喜ばせることに二の足を踏む理由、それは母の日のプレゼントを母からもらったお金で買うわけにはいかない。と、そういうこと。仮に母の日のプレゼントを自分のお財布から出したあとに臨時収入をそこに入れたとしても、それは私の気持ちの面では同じことだから。
 惜しいと思うし、欲しいとも思う。もちろん無心をしたことなんて一度もありはしないけれど、私だって買いたくても買えない物はいくつもあるし、そのいくつかは今日の母の気まぐれによって解決できる。お小遣いもいつだって上がる方向になら大歓迎。でも、実際こういう場面になってみないとわからないものだ。素直に喜べないときもあるんだなんてことは。
 きっと、母はこんなことまでは考えずに、ただ私たち姉妹にお小遣いをあげたという感覚なのだろう。だからお釣りを返したら、理由を説明してもしなくても私は呆れられるに違いない。だけど、どういう訳か私はこんな融通の利かない性格に育ってしまった。未練はたっぷりなのに納得してる。だから仕方ない。
 私は「これが姉に渡されていたらこれからの外出はもっと華やかだったんだろうな」なんて、そんなことを思いながら問いかけた。
「じゃあ、今日は母の日のプレゼント一緒に見に行こ。どこかいいところある? お姉ちゃん」
 すると姉は即座に答える。とても自信に満ちた表情で。
「もちろん」
 いろいろあるわよ。あそことあそことあそことあそこと……。
 そして、両手の指じゃ足らないくらいすらすらと、情報通の姉は出かける前から出かける仕度も遅れるくらいに嬉しそうに語った。だから私は思い直したのだ。預かったお金にはお昼と夜の食事代以外に手を付けない。だけど、そんなこれからの外出だって十分疲れそう……じゃなくて、十分華やかで楽しそうだって。
 そんな姉の空気に影響されたのだろうか。私も少し欲張りになって心の中でこれからのスケジュールに予定を1つ書き加えた。
 今日は夕食にはデザートを付けさせてもらおう。ううん。お昼にも付けちゃおう。


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