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何か物事を考える上で、標準とか平均とか、そういう視点を持っているということは大切なことなのだと思うけれど、でも、それだって最終的には大した意味なんてないものと言ってしまってもいいのかもしれない。
例えば姉が臨むことになるかもしれない受験がいい例だろうか。仮に平均点を上回ったとしても、合格点に届かなければ意味はない。どれだけ多くの人がその標準とか平均といった「普通」を作り出していようと、結局重要なのはその人がどうであるかという、そのことの方なのだから。
ただ、もちろんそれはまったく無意味なものなんかでないことも確かなのだろう。あくまで物事を考える上での参考としては。
毎年、高等部で姉妹の契りの交わされる件数の最初の波が訪れるのは5月の半ばなのだという。
今年は紅白黄いずれの薔薇にもいまだ新1年生は仲間入りしていないけれど、4月の取材の網も張らないうちに勝手に姉妹になられるよりは望ましいことだと姉が語ったときに、ついでのようにその情報はこぼれてきたのだ。
私はそのとき、少なくとも薔薇ファミリーの人たちが妹を作ることに姉の目を気にすることや、まして許可なんてまったく必要ないと思いつつも、それをいちいち口に出すようなことはもちろんしなかった。そしてなんとなく、それで納得することもできたのだと思う。
考えてみれば確かにそうだ。4月のうちに妹を作るとしたら、よほどの一目惚れをするか、元々そういう約束していたということでもなければ、なかなかその勢いというのはつかないものかもしれない。
そもそも新学年は4月1日からすぐはじまるわけではなく大抵は6日か7日くらいからだし、授業が先生の自己紹介と教科書もいらないような授業でなくなるまでにもやっぱり数日はかかる。それから新入生が部活動を見て回る期間だってそれと同じかそれ以上必要になるだろうし、その新入生が新入部員になって、さらにちゃんと部に馴染む頃合を見計らっていたらもうゴールデンウィークに入ってしまうだろう。
だとすれば、ゴールデンウィークが明けて一段落、あとは夏休みまではごく当たり前の日常が続くというその時期に妹を作るという流れになることはとてもうなずけるし、そのタイミングだって1年間の12分の1しかまだ経っていないのだ。十分早い部類に入れていい。
(……そっか。そうだよね)
心の中でつぶやいて、自分をかえりみた私は少し冷静になったと思う。
それは自分自身が「4月までに」という困難すぎると思っていた課題を半月も早くクリアできていたからだろうか。私はいつの間にかどこか焦っていたのかもしれない。その焦りが何に対するどんな焦りなのかは私自身必ずしもよくわかってはいないけれど、ただ何かに対して。
だけど、このとき私は気付くことができたのだ。それは本当に思い違いも甚だしいことだということに。
そうだ。何を私はそんなにあわてていたのだろう。何を私はそんなに失礼なことを考えていたのだろう。だって、真美さまがそのことを考えていないわけがない。賢くて優しくて、いつだって私の予想通りに予想以上で応えてくれるあの真美さまが。
どうして、その真美さまに対して私なんかが心配なんてする必要あるだろうか? その真美さまに対して私みたいな子どもが焦りなんて感じていいはずがあるだろうか? そんなもの全然必要もなければ、してもいけないに決まってる。だって、姉が真美さまのような妹を作ることができたのに、真美さまがいい人を見つけて、その人を妹にできないわけがないじゃないか。……ちょっとだけ、築山三奈子の妹になってみようと思った真美さまの好みは心配ではあるけれど。
この休みが明けたら高等部にはそのシーズンがやってくる。ただ、もし仮にその波が治まる頃に真美さまにまだ妹ができていなくても、何もそれに私が焦ることなんてない。その言葉はそういう意味ではなかったかもしれないけれど、きっと真美さまのことだ。例えば姉の引退する夏休みの前までにはちゃんと「まだ足らない」そのことも解決して、安心させてくれるに違いない。
「うん、そうだよね」
私は自分の考えに区切りを付けるように今度は声に出してそうつぶやいた。ただそれはちょっと失敗だったらしい。だってその場には姉がいて、それは独り言にならなかったから。
「そうでしょ。なっちゃんもそう思うわよね。そうそう。そうなのよ」
会話とは無関係な私のうなずきに、気を良くしてしまった姉の話はそれからまだ少し続いた。次の日が休みだと姉の話には区切りがいつもよりもなくなるようだった。