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 髪の長さも顔立ちだって少し見ればやっぱり違う。
 とてもよく似ていると、それは本当に最初の印象で、錯覚が過ぎ去ったあとには私からもその度合いは「とても」や「よく」という部分が当たり前に薄れていた。ただ、似ているという印象がそこにあるということ自体は、そうやって冷静になることでかえってその確かさを増したような気がしたけれど。
 もちろん、「似ているから何だ」と言われてしまえばそれまでではある。でも、その似ているということは少なくとも、そのときの私にとってはひどく的確な効果を持つものだったのだ。つまり、「真純さまに」に似ているという、それが。
 伴真純さまは、賢く優しい、尊敬する高等部のお姉さま。だけど、それよりも大切なことは、私にとっての真純さまは、親しく身近な、近所に住むお姉さんだということだった。
 その真純さまが4月になってから重い心を抱えている理由。今日、吐き出した息の複雑さの理由。それに関わりのある「難しい相手」を確かめてやろうと思っていたときの私の心境は「敵情視察」とでも言うべきものだったのかもしれない。
 もちろん真純さまはその人のことを「嫌な人」とも「苦手な人」とも、まして「敵」だなんてまったく口にはしなかったけれど、でも、そのとき真純さまのついた息の重さは、分不相応にもその心配さえしてしまっているような私にはそれを「真純さまをを悩ませる悪い人」という風に変換させるのに十分だった。だから、そのときは気付かなかったけど、私にはそのときまだ見ぬその人に対する漠然とした敵意が芽生えはじめていたのだろう。
 だけど、実際にそこにいた人は真面目そうで本の扱いも丁寧な図書委員のお姉さまだった。だから私にはその時点ですでに、姿を思い描かないままに抱いた心象を目の前に現れたその人に当てはめることが難しくなって、そしてその人を改めて見つめたときにはもう私の中に芽生えたとげのある心は完全に力を失ってしまったのだ。
 だって、その人も真純さまだった。真純さまと同じように単純じゃない吐息を周りに気を遣って小さく漏らす人だったから。
(この人が……悪い人?)
 その息の音が、人より少しだけ感度のいいこの耳に伝わった瞬間、私の中で膨れ上がる機会を待っていた敵愾心はふっとどこかに消えてしまった。敵意を育てることもなく。それを悪意に変えることもなく。
 そのとき私が1冊も借りる本を用意していなかったのは幸か不幸か、どちらだったのだろう。その人の間近まで近寄ることなく図書館を後にした私は、自分の気持ちの落ち着きどころを見失ってしまったような心境だった。例えばそのとき、貸し出しカウンターのその人の前にいたら私は面識もないその人にとんちんかんな言葉さえかけていたかもしれない。「元気、出してください」なんて。
 善いとか悪いとか、敵とか味方とか、それは私が勝手に安易に思っていいほど簡単なことじゃない。だから真純さまはその人を「難しい相手」と呼んだし、だから2人はあんなにも複雑な気持ちを吐き出していたのだろう。「真純さまと似ている」というそこから私が理解できたことはただそれだけ。でも、私はそれを理解することができた。
 姉が、私に知らないままでいてほしいと求めた気持ちもまた少しだけわかった気がした。きっと姉は、真純さまにとっていいことだと言いながら、私を気遣ってくれたのだろう。
 私は真純さまに何が起きたのか何も知らない。知れば、善いとか悪いとか、あるいは敵とか味方という判断もすることができるのかもしれない。ただ、知るということはその重さもその複雑さも自分で負わなければならないということなのだ。だって、私は伴真純さまと直接話のできる場所にいる。それを単なる噂話として無邪気に話せるクラスメートとは、いる場所が違うから。
 真純さまは何本前に乗っただろう。
 帰り道、私は1人バスから乗り継ぎ電車に揺られる間、真純さまのこともその人のこともなるべく考えないようにと読み終えていなかった小説に没頭した。ただそれも、駅から家まで歩く間にはできないことだったから、私は結局家に帰りつく頃には頼まれてもいないのにまたもやもやとした気分を抱えていたけれど。
 その夜。私は報告なのか相談なのか、今日の出来事を姉に話した。その会話の途中で、言葉の中に「ありがとう」と挟むタイミングを図っていた私に、その出来事を聞いて真純さまほどではないけれど複雑な表情になっていた姉は1つのことを教えてくれたのだ。
 そして、驚きでも納得でもあるようなつぶやきが私の口から漏れた。
「あの人が……」
 私はそのとき初めて知った。真純さまにどこか似ているその人が「林浅香さま」であることを。


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