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 姉のように話し上手で話題が豊富だったら、真純さまの表情にも少しくらい明るさをあげられたのだろうか?
 会話が続くわけでもなく、だからと言ってそこにいる真純さまを無視するように本を開けるわけでもなく、なんとなく手持ち無沙汰の登校時間はいつもよりも長く感じた。
 何かあったのか聞けるわけじゃないし、聞けたとしても何かできるわけじゃない。だから、3つも年下でまだ中等部の私はただ邪魔にならないようにそっとしているしかなかったのだ。
 そんな中、私は思った。そういえば私は真純さまのことをどれだけ知っているのだろう、と。
 あまり……いや、きっと私は真純さまのことをほとんど知らない。どこに住んでいて、何年何組で、誕生日がいつで、血液型が何で、リリアンに入る前の学校がどこで、好きな季節、好きな本、好きなゲーム、他にも数えていけばいろいろな真純さまを私は知っているけれど、今、問題にしているのはそういうことじゃないから。
 そう、問題なのは今。今、真純さまが何を考えて、何が気持ちの重しになっているのか、それを推測するために役に立つ情報が私の中にほとんどない。それが問題なのだ。
 私が真純さまのことで知っている重要なことと言ったら、いつかの経験から学んだ真純さまにはスールの話はしちゃいけないということくらい。だからきっと真純さまにはスールはいない。……いないと思う。そう、こんな大事なことにさえ、私は確かなことは言えないのだ。
 一緒に電車に揺られ、一緒に改札をくぐり、一緒にバスに乗り換えて、一緒にマリア様に手を合わせ、一緒に長い銀杏並木を歩いた。ただ、私にはそれ以上の何もできなかっただけ。
 もしかしたら、唯一私が持っている「スールの話はしちゃいけない」というそれが、真純さまの重そうなその顔を読み解く可能性を含んだものだったのかもしれないけれど、話題に出せない以上はやっぱりどうしようもなかった。
 そして高等部と中等部の分かれ道。
「じゃあ、またね」
「あ……、はい」
 後ろめたさのような感覚を含んだ離れがたさを感じながらも返事をした私とは裏腹に、気を引き締めるように「ふっ」と小さな速い息を1つついて、真純さまはもう高等部の校舎に向かって歩き出そうとしていた。また思う。勝手に決め付けちゃいけないって。でも、今日の真純さまは絶対普通じゃない。
 私はもう少し何か言うべきなんじゃないのか? もっと何か言わなきゃいけないんじゃないか? ずっと自分自身に語りかけていたその気持ちはそのときようやく言葉になって真純さまを引き止めた。
「真純さまっ」
「……なに?」
「あの……、元気、出してください」
 我ながら、何を言ってるのかわからなかった。だってそんな言葉、元々相手が元気だったら無意味だし、相手が元気じゃなかったら負担になるだけだ。だから当然のように、その言葉をかけられた真純さまは「……え?」と困ったような瞳で私を見ていた。
 やっぱり失敗だった。正しい「何か」がわからないまま、だけど、何でもいいから何かしなきゃいけないなんて動機でよく考えもせずに勢いで言うなんて。
「……すみません。変なこと言って」
 急速に恥ずかしくなって、急速に申し訳なくなって私は急いでそれを取り消すように頭を下げた。何をやっているんだろう、私は。
「なっちゃん……」
 だけど、そんな私のバカに引き止められた真純さまは私が顔を上げるまでそこで待っていてくれて、顔を上げるとその瞬間に合わせるように言ってくれたのだ。
「ううん。ありがとう」
 ふんわりと、まるでそれが普通であるかのように私の頭を撫でる真純さまは、勝手に決め付けちゃいけないけれど、ほんの少し表情が軽くなっていたように見えた。もしかしたら完全な失敗じゃなかったのかもしれない。


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