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 太陽が昇って、そして傾く。そんな、そうでなかったら大変なこととは比べるわけにはいかないけれど、先生もその日いつもと同じように授業をして、私の猶予時間は早くも遅くもなく、ただ確実に過ぎ去った。1日の残りはあと3分の1になろうとしている。そして私はそこに向かった。1日の半分過ぎの昼休みには予想していたとおり答えはなかったから。
 リリアン女学園中高等部図書館。そこはこの学園の中、教室や他のどこよりも私という人間が自然に納まる場所のような気がした。それはたとえ、バレンタインデーのあとには本を返しに一度しか訪れていない、そんな少しだけ足が遠のいていた場所であったとしても。
 だからきっと、会えるとしたらここしかない。もしも私を探してくれるとしたら、ここには必ず来てくれるだろう。少し久しぶりの、それでもまだ懐かしさなんて感じることないその場所で私は息をついた。音を立てることはまるでなく、それでもかなり深い息を。
 吸い込んだ胸で感じるいつも変わらないその空気。それは本当に前に来たときと同じもののような気がした。もしかしたら私が最初に足を踏み入れたそのときからずっとここにたたずんでいる空気もあるのだろうか? この胸の中にこんなにも特別な思いが生まれる前の私を知っている、そんな空気も。
(それはちょっと……)
 嫌ってことはないけれど、あまり嬉しいことでもないかな。私は苦笑いした。もちろん作法として、他の人には気付かれないようにこっそりと。
 でも、そんな風に入れ替わっているかいないかわからない空気よりも確実に、整然と並ぶ書架やそこにある本たちはその頃の私も知っているのだ。そして、この場所にはその頃にも今と同じようにいた人だっている。
 もちろん、人は人だからその見ていたもの、覚えているものには限りがある。だからその中に私が含まれていなければ、仮にその人に尋ねたとしても空気や書架や本と同じように、結局その頃の私を答えてはくれないということは変わりない。
 私は成長できていますか? 数人の図書委員のうちの1人の人が少し気にかかった。もしも私がそんな風に聞いてみたいとしたら、うなずいてほしいとしたらきっとその人だったのだろう。
 姉から聞いた。その人は卒業という形ではなく、この3月いっぱいでリリアン女学園から旅立っていく。きっと今はその旅立ちを間近にした日々で、2年生と言ってもそれなら委員会活動なんてしているときではないはずなのに……。ロサ・カニーナ、蟹名静さまの姿も表情も、少なくとも私にはいつもとまったく変わらないものに見えた。
 いつもと変わらない。周りにも自分にも流されない。それはどんなにか難しいことだろう。静さまだって本当は胸の内にはたくさんの思いがあるだろうし、私はその一かけらもわかってなんていないけれど、その在り方は私がそうありたいと今、強く思う姿そのもののようだった。
 どんな答えが待っていても、明日も明後日も変わらずに。
 その必要がなかったからロサ・カニーナの載っている図鑑をその日は手に取ることはなかった。だって私は、本物を瞳にちゃんと焼き付けることができたから。
 この場所で一番最初に借りた本ではないけれど、それと近いくらいかなり前に読んだことのある小説を1冊手に取ると、思い出すようにページを繰った。小説の世界に入り込むわけではなく、かといってただ文章を目で追うだけでもない。それは、待ってはいないけど待っている。そのときの私らしい向き合い方だったと思う。
 そして時間は正しく流れ、そしてその場所に答えが訪れることはなかった。
 私はほんのほんのかすかな寂寥感と、それよりはきっと大きいはずの安堵感を抱えて立ち上がると、姉のお姉さまと話したときのような気持ちでその人に言葉をかけた。
「ごきげんよう。静さま」
「ごきげんよう。……あら? 今日は借りていかないの?」
「はい。今日はいいんです」
 では失礼しますと、会釈をした私に静さまは「そう。じゃあまた」と、やっぱり変わらない微笑みで返してくれた。私はそのとき、1冊くらい本を借りた方が静さまにはいつもと変わらない日常を感じてもらえたんだと思って、少しだけ後悔した。


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