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 没収されたチョコに何かお返しがあるなんて期待するのは間違っている。だけど、きっと何かが返ってくるのだろう。
「あんまり先に考えすぎない方がいいよ、……って。無理だよね。こればっかりは」
 そんな風に苦笑いする菜々さんの未来視は、「先に考えすぎ」の私の中にももちろんある感触だった。その何かの予想まではできないけれど、返ってくるものが何なのか、それがどんな風に渡されるものなのか、その全てが私にとっての答えである気がする。答えなんていらない。それは間違いなく私の本心だったけれど、例えば何も返ってこないとしてもそれも1つの答えになるから。
 おそらく、私にとってはその「何も返ってこない」こそ最良の答えなのだろう。そうであればはっきりと、私は思いをしまうことができるだろうから。だけど……。
「うん。ちょっと……無理かな」
 だけど、真美さまはきっとそうしてはくれないだろう。
 真美さまの元に残ったあの正方形の小さな箱に詰め込んだ抱えきれない思いが最後にどこにたどり着いたのか。それは没収という形だったのだから、その場所がゴミ箱であっても何もおかしいことはない。ただ、きっとそうではないという確信がある。だって真美さまにはきっとそうすることはできないから。それは、たとえ私が築山三奈子の妹でなくても。
 そして、現実には私は厳然と築山三奈子の妹で、それは真美さまにとってはお姉さまの実の妹ということだった。だからなおのこと、真美さまはゴミ箱にそれを落とすという選択をすることはできなかったと思う。その選択ができなかったと思う。
 私は、思いを押し付けたあと、少し時間が経ってそれに気付いたとき、真美さまの優しさに付け込むような自分の行動を強く恥じて、ただ悔いるしかなかった。そんな卑怯なことをしておきながら、これで答えがもらえるんだなんて思いを巡らせている自分に気付いてしまったから。
 考えても仕方のないことは考えない方がいいのに……。
 考えてもそのときが来るまでは答えなんてわかるわけがない。それに、想像が都合のいい方向に向けばそんな想像をしている自分が嫌になって、だけど想像を厳しい方向に向ければ胸が苦しくなる。そして何より、考えれば考えるだけ思いは心を占めていって、私の進むべき未来への足取りは停滞していく気がした。
「はぁ……」
 ため息をつくと幸せが逃げる。そんな話をいつか聞いてから、私はそれは迷信とわかっていながらもそこには何か信じていた方がいいような説得力を感じて心に留めていた。だから、1人の帰り道や夜の部屋の中、無意識にそんな息が出ると私はあわてて息を吸ったり、あくびをしたりもしたのだ。そうすることでそれがため息なんかじゃないことを証明しようとして。もちろん自分しか見ていないそこで、そんなアピールをしても空しいだけだったけれど。
 そんな私も菜々さんほどではなくとも、考えていることがすぐに顔に出るような表情の豊かな方ではなかったからか、あるいは元々表情の明るさがおそらく平均的中学2年生のそれを上回ることができていないからか、クラスメートにその胸の内を悟られることはなかった。いつもと変わらないお喋りや笑い声、それもまた私の心に柔らかな安心感を与えてくれる。だから私は、少なくともそのときにはため息なんてほとんどつくことはなかった。
 そして、私より上手の菜々さんは菜々さんで、私の胸の内を知っているからか、ふらっと会いに来ては私がおかしな顔をしていないかチェックしてくれたりした。
 きゅっ。
 顔に向かって指差し確認されるのはちょっと嫌だから、そうされないだけいいのかもしれない。左頬を軽くつねられた私だったけど、それは涙の出るほどの強さでもなかったから何も言わずにその点検方法を受け入れた。頬をつねられるのなんていつ以来だろう? ほんのりとした痛みにそんな懐かしさを感じて無反応でいたら、菜々さんには少し指の力を強くされたけど。
 きゅーっ。
「いたいっ。痛い。菜々さん」
 抗議をしたらあっさり手を放した菜々さんは笑う。
「うん、異状なし」
 私は「もぉっ」って、むすっとした顔で頬を左手でさすると、右手で菜々さんの頬をつねり返した。だってその菜々さんの励ましで私の心は少し元気になれたから。その「ありがとう」の気持ちを込めたら、菜々さんももちろん「異状なし」の反応を示した。


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