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聞き間違いであればいいのだけれど、聞き間違いでなければ普通の人よりはちょっとだけ鋭いらしい私の耳は、3つも年上の姉に言われるものとは思えない言葉を聞き取ったと思う。「なっちゃんの意地悪……」だなんて、そんなのきっと聞き間違いに違いない。そもそも、私は意地悪なんてしていないわけだし。
人間だから失敗なんて誰でもするもの。ただ、それはその大きさや性質によって笑って済ませられるかそうでないかは決まるもので、あるいは同じ失敗でもそのタイミングによってそれは大きくなったり小さくなったり、つまり、一口に失敗と言ってもその言葉が表せる範囲はかなり広い。
ただ、確実にわかっていることは姉がそのときしでかした失敗は1つ間違えれば大問題になるようなもので、冷静な人が途中でその姉の行動を知ったなら確実に止めただろうということだった。
ちなみに、その冷静な人の代表が築山三奈子の姉妹。うっかり姉に対して安心してしまっていたお姉さまと、うっかりそんなタイミングで風邪を引いて姉を自由にしてしまった妹、そして「築山三奈子の姉妹」というくくりで考えるなら、もしかしたら実の妹である私も何かしら責任があるのかもしれない。
だから私は、姉のお姉さまが同学年とはいえ薔薇さまから妹の指導責任を問われたり、真美さまが風邪もまだ完治してはいないというのに訂正記事を書かかされることになったりした以上は、私にも多少なりとも災難が降りかかってきたとしてもそれはどこか仕方ないことのような気がしていた。
『イエローローズ』。
そんな名前の姉のしでかした失敗は、その翌々日には私の通う中等部にもしっかり届いて、先にそれを知っていた私は、もちろんそんな恥ずかしいことにはいつも以上に口をつぐむしかなかった。
「なっちゃんのお姉さんって、面白い人だね」
「……」
クスクスと、あるいはフフフと笑う菜々さんの手にはリリアンかわら版が2種類。1つは正規のかわら版で、もう1つはその号外。
放課後、あんまりそれが興味を惹くものだったのか、菜々さんはクラスメートからその2枚を借りてまで私のところにやって来たのだった。菜々さんはちょっと意地が悪いと思う。他のクラスメートにはそれなりにだんまりを決め込んだ私だったけど、菜々さん相手じゃそうもいかないことをきっとわかってて困らせるのだろうから。
その2つのかわら版の内容は、正規のかわら版の方が『イエローローズ』という名の小説が掲載されているもので、号外の方はその小説に訂正を行って打ち消すためのもの。前者はそもそも小説だから事実ではなくて、だけどそれは後者を発行して正しい説明をしなければならないような、かなり問題だらけの代物だった。
「面白くないよ。だってそれは面白いでは済まないじゃない」
「まあ、確かにね」
笑い事じゃないって言ってるのに菜々さんはまた笑う。そして私は、そんな菜々さんにとっては思惑通りなのかもしれないけれどその2つのかわら版、姉の『イエローローズ』と真美さまの訂正記事の真相を語った。どうせだんまりはできないし、私だって話すことで呆れた気持ちをちょっとは吐き出したかったから。
それにしても、と私は思う。最初それを聞いたときは、「お姉さまの卒業間近だというのにどうしてそんなことしたのか」と思っていた気持ちが、いつの間にか私の中で「お姉さまのいるうちでよかった」に変わっていることを感じて。
そんなお姉さまと、それに続く真美さまとの電話でそれぞれからそれぞれに叱られたらしい姉の、しゅんと落ち込んで小さくなっていた姿を思い起こすと、さすがの姉も2度とこんなバカなことはしないだろうと思えた。やっぱり姉妹というのは何にも増して影響力を持っている存在なのだろう。
「でね。お姉ちゃんてば――」
「うんうん」
とはいえ、やっぱり安心はしない方がいいのかもしれない。この先どうなるかは未来のことだからわかりようがないけれど、だって、姉のことだから。