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公立の高校では卒業式がもう終わっていても、私立のリリアン女学園高等部ではまだもう少し3年生も在校生から卒業生となるには時間が残っている。中学校はおおむねまだ公立も私立も3年生は在校生のまま。私が姉のお姉さまと、それまでで一番長く話をしたのはそんな3月がはじまって少しのある日のことだった。
部活や委員会に入っていない私は中等部の3年生に知り合いはいなかったし、まして自分が中等部の3年生でもない私にとって、その人はその年の卒業という行事で主人公となるほとんど唯一の人だった。だからかもしれない。その人と別れてから、私はほんのちょっとだけその人を送り出したような気分を勝手に感じて、胸をわずかに切なくさせてもいた。
お姉さまに安心して卒業できると思わせることができた妹である姉は、きっと私が思っている以上にいい妹だったのだろう。その人の微笑みは私の胸にちゃんとしまってある。そこににじむほどあふれていた妹に対するお姉さまの思いと一緒に。
そう、私にとってその人の卒業はその日だった。私のためにわざわざ言葉を遺してくれたその日こそ。
だからそのとき、初めて私たちは話が尽きることがなくて、だから私には別れたあとに寂しさが残った。これが最後になるかもしれないと、最後になるのだろうと感じていたから。そしてきっと、それはその人にとっても同じだったに違いない。
次に会うときはいつだろう? 次に話すときはいつだろう? もちろん、私はそのときがいつか来ればいいと思っていた。いつか来てほしいと思っていた。
……いたけれど、だからって、まさかその「いつか」がたった2日しか間を置かずに訪れるというのはちょっとどうかと思う。
『あ、なっちゃん。ごきげんよう。三奈子いる? この時間だし、いるわよね』
当然と言うべきなのだろうか。私のそんなある種の感傷をあっさり吹き飛ばしてふいにするような人間はもちろん1人しかいなかった。そう、その名は築山三奈子。私、築山なつの血のつながった実の姉だ。
夕食の片付けをしている母の代わりに取ったその電話、向こう側にいるその人は姉のお姉さまだから、姉に何か用があるとしてもそれは全然おかしくなんてない。ただ私は、その早すぎる「いつか」にちょっとだけがっかりしながら、でもそれよりも、2日前とはだいぶ違う印象のその人の雰囲気が気になった。
「はい、いますけど、……あの、どうかなさったんですか?」
『どうかしたのは三奈子の方。まったくあの子ったら、これじゃ安心して卒業できないじゃない』
お姉ちゃんは何をしたんだろう? ちょっと無理して怒るような口調で2日前の発言を翻したその人は嘆息する。私は大抵こういう場合、姉は実際に何かをしているとこれまでの人生経験からわかっていて、そしてその何かは周りから見れば「どうかしている」ようなことであることも十分に理解できていた。つまり、今回も姉はちゃんとどうかしているようなことをしたに違いない。
「……すみません」
何かが何かはわからないけど、とりあえず私の口はそう言わずにはいられないみたいだ。条件反射にはほんのちょっと、ほんのちょっとだけ宿命という要因さえ含んでいる気がする。
『あ、なっちゃんを責めてるわけじゃないのよ。ごめんね』
と、そう言うこの人だって、「でも、まあ、そういう風になっちゃうのよね」なんて諦めたような声で笑うのだから、この気持ちはちゃんとわかってくれているのだろう。築山三奈子の姉妹であるがゆえのその宿命は。もしかしたら姉という立場は妹という立場よりも謝らなきゃいけない場面が多いのかもしれないし。
時間はもう夜で、この時間から姉が外出することはないから。私はその人に姉がした何かが何なのかを聞いてから姉に受話器を渡した。
「お姉ちゃん、電話。お姉さまから」
「おっ、……お姉さま?」
「そう」
その人からの電話であることを知りひどく動揺する姉は、そういえば夕食のときからなんとなくおかしかったかもしれない。私は納得する。まあ、そんなことしてたっていうのならそれはお姉さまとは話しづらいだろうけどね、と。
「……留守って、……だめ?」
哀願するかのような、そんな目で見つめてくる姉というのはなかなか目にする機会がないかもしれない。自分の姉ながら仕方ない人だと思う。でも、どこか憎めなくて、そういうところが姉はすごい。
そして私はきっと甘いのだろう。そんな仕方ない姉にほだされてしまったから、最初に言おうとしたよりずっと優しい言葉に変えて言うしかなかったのだ。
「だーめ」