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真美さまは姉の姉妹で、真美さまは姉の妹で、そして真美さまはその姉を挟んで向こう側にいる。
私は真美さまが好きで、私は真美さまの隣を歩きたくて、だけど私は単なるお姉さまの実の妹でしかない。
それはつまり、どう考えたって真美さまは姉の傘に入るのが自然なのであって、私の傘に入ってくれるなんて、明らかに不自然でありえない空想の話だということだ。
(そう、ありえないんだから)
願望が一人歩きの暴走をはじめると、それを抑制しようとする意識の攻撃も激しくなった。そのどちらもがない交ぜになった胸に鋭い痛みを覚えるほどに。そして私はまた知ることになる。自分の中にあるその願い、ひどく純粋で、ひどく邪なそれを抑え込むことがいかに困難であるかを。
「何してるの? 入りなさいよ」
「え……、いえ、大丈夫です。そんなに大した降り方じゃないですし」
「そう?」
「はい」
「そう。まあ、あなたがいいならいいけど……」
やんわりと遮るように、真美さまは姉が差しかけようとしたピンク色の空を断った。どうして真美さまは素直にお姉さまの好意を受け入れてくれないのだろう。私はそんな風に自分の意志を貫く真美さまが嫌だった。そこで引き下がってしまういつもはもっと強引な姉も。
どうして2人ともわかってくれないのだろう。そんな風に可能性を残されたら、私の心は空想を空想と思えなくなるほど勝手な期待でいっぱいになってしまうのに……。
私はきつく口をつぐみ、ただ前を見て歩を進めた。耳をふさぐなんて不自然なことできないから、私の耳は自己嫌悪するくらいピンと2人に向いて立っていて。
「でも、真美にしては珍しいわね」
今日雪が降るかもしれないということは昨日の夜のニュースで何度か流れていた。それなのに、しっかり者の真美さまがそんなうっかりミスをしたことに姉は率直に感想を漏らした。
「……そうですね。失敗しました」
真美さまは短く返す。照れや恥ずかしさを隠した気配のする平静を装った口調。私はそのとき嫌な予感がした。
真美さまの演技は下手だった。だって私に感じ取れるほどだったのだ。それが姉に感じ取れないわけがない。そして、私にはそれはあまりそのことに触れてほしくないのだろうという風に感じられたのだ。姉にとってそれは格好のつつきどころと映ったに違いない。
「あ……」
何か思い当たった姉は、こともなげに聞く。
「真美。あなた昨日の夜、天気予報見なかったの?」
「……ええ」
「チョコを作ることに気を取られて?」
「……っ。……そんなことありません。単なるミスです」
姉はやっぱり妹の気持ちを考えてなんていないのだ。私はその無神経としか言いようのない姉の言葉と、それをぶつけられた真美さまがのんだ息の音に、悔しさに似た気持ちが込み上げてくるのを感じた。心がざわついて、心がざらついて、いたたまれない。
きっと私は自分が思っているよりずっとずっと子どもだった。前を向いていた顔はいつの間にかその人に釘付けになっていて、そこには弱まらない雪と姉の横目の視線が降っている。ほのかに嬉しそうな表情。そして、私はついに自分自身を抑えられなくなったのだ。
「真美さまっ」
立ちはだかるように前に回り込んで、押し付けるように自分の空を差し出した。
「これ、使ってください。その……、……風邪引きますから」