− 55 −

 それは、私に何か教訓を与えてくれる出来事だったのだろうか。
 自信があるからといって結果がそれに従ってくれるわけではない。黄薔薇のつぼみの妹、島津由乃さまが立ち去ったあとの図書館で、私はそれを目の当たりにすることになった。
「あった――!」
 場所柄なんてすっかり頭から飛んでしまったのだろう。最初に上がった驚きと歓喜が混じった声に、他の数人も即座に呼応して「うそっ!」とか「ほんとっ?」とか、やっぱりここが図書館であることをすっかり忘れた声を上げた。
 その輪の真ん中にある「宝」、文庫本ほどの大きさのカードは誰がどう見ても紅や白には見えない色。つまり、由乃さまのあとからやってきた集団は見事、妹の由乃さまが見つけ出せなかった宝を探し出したのだ。
(本当に妹にもひいきなしだったんだ……)
 目の前でキャッキャ、キャッキャと喜びの輪を作るその人たちを見て、私が感じたそれはやや意地の悪い感想だったと思う。そして、こんなに嬉しそうなのはカードを探し出せたことのほかにも、妹の由乃さまに勝ったということもあるじゃないかな、なんて考えたそれもずいぶん意地の悪いものだった。
「おほんっ」
 いずれにしても、かなり近くまで近寄って図書委員の生徒が咳払いをするまではしゃいでいたその人たちは、やっとここが図書館であるということ思い出すとさーっと静まり、焦りながら周囲に「失礼しました」と一礼するとそそくさと退場していった。もちろん、扉を閉めたあとまたすぐに盛り上る声が伝わってきたけれど。
 きっと、そんな真剣で夢中な人たちの姿を私は本来、がんばれば報われるという風に受け止めるべきだったのだろう。私も純粋に、それによってまた勇気付けられるように。
 ただ私は、せっかく姉なら絶対ラッキーだと言うような、黄薔薇のつぼみのカードが発見される一部始終に思いがけず遭遇したけれど、そのときにはそんな風に思えなかった。そういえば『つぼみ』とのデートは大人数でするわけじゃないだろうから、あの中で誰がその権利を得られるんだろう? それは私自身、ひどく下世話で余計な考えだったと思う。
「はぁ……」
 そんな嵐が去って、本来の静けさを取り戻したそこで図書委員の生徒はやれやれとため息をついた。
 姉に言わせればたまたま今日が当番だったその人だってラッキーということになるのかもしれない。だけど、実際にそのやや大きめのため息を耳にした私にはそれはアンラッキーと聞こえていた。間違いなく私以外にも聞こえていたそれを他の人はどちらに感じたのだろう。答えはわからない。ただ誰もそれに不快な視線を送ったりはしていなかった。
 それから、私は胸に植物図鑑を抱いたままだということに緩やかに気付くとそれを棚に戻した。私を勇気付けてくれる花はすぐに思い浮かべられるから、改めてページを開くことはせずに。
 そして、この場所でも気兼ねなく音を立てることを許されている珍しい存在の1つに目をやった。いつもと変わらず着実に、コツコツと時を刻んでいるそれが指し示すのは制限時間まであと10分ほどになった時間。
(あと、……)
 私はそれを心の中で置き換える。私にとっての制限時間に。まだ1時間以上あるかもしれない。でも、もしかしたらもうそんなにはないかもしれない。少なくともさっき考えたときからはもう30分経っている。その間に私はわずかに心を強くできたかもしれない。なかなか巡り合えない場面にも出会えた。だけど、これから先の時間は……。
 手持ち無沙汰になった私は、宝探しの嵐で少しばかり荒れてしまった本棚を整えながら思った。きっとこれからまた本を探してもダメだろうと。だって、「宝」が出てきた江戸の物価などが書かれた禁帯出本を手に取っても、私の心は躍りはしなかったから。
「あら、ありがとうね」
 ふと後ろからかけられた声に振り向くと図書委員の人が「助かるわ」と微笑んでくれていた。だけど、私はなぜだか申し訳なくなって、「あ、いえ……すみません」と返すと、作業をやめて逃げてしまった。自分でもどうしてそんな風にしてしまったのかわからない。それは褒められたことであっても、咎められたわけなんかじゃなかったというのに。
 結局、私はそのあと勝手に気まずさを感じるようになると図書館を出た。行く当てなんてもちろんなかった。
 ゆっくり扉を閉めて1つ息をつくと、ちょうど宝探し終了の放送が流れた。


前のページへ / ページ一覧へ / 次のページへ