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がやがやと方向性の定まっていなかったざわめきが、キャーと1つの方向性を持った大きな歓声に変わった。そして一度は治まったかと思えば、実はそれは波のように何度も繰り返すもので、打ち寄せるうちに徐々に大きくなっていく。遠くそれを聞いていた私は、それがどこまで大きくなるのかわずかに不安のような気持ちになった。
ただ、そんな私の心配は杞憂で、ほどなくピーッと体育で使うような笛が鳴り響くと歓声の波はまたあちこちに向いたざわめきに戻った。はじまったんだ。もちろんその意味は私にもはっきりとわかるものだった。
想像してみると、膨らんでいた歓声をざわめきに静めたその高らかな笛の音はきっと姉なのだろう。私はふと苦笑した。道理で、私の心のざわめきは鎮めてくれないわけだと。
時計を見ると4時ちょっと前、宝探しの終了時刻は4時40分と聞いている。
(それから後片付けもあるだろうから……)
帰りはいつになるだろうか。私は根拠もなくただ漠然と考えて早ければ5時半前、遅くとも6時にはならないくらいだと思った。いずれにしてもあと1時間はある。その時間はきっと長いけど、あとから考えたらもっと長ければよかったのにと思うものかもしれない。少なくともその時間はあと2時間はないのだ。
いつもと同じように、所々抜けたり飛び出たりしているけれど全体的には整然と並んだ背表紙たちを眺める私はそのとき、本を読もうという気はほとんどなかった。元々、私の読書の場所は電車の中と家だったから、図書館の閲覧室でゆっくりと本を読む機会は普段からない。それに、どうせ集中して本の世界に入ることなんて今日はできないことくらいわかっていたし、仮にそうできたとしてもそうしたいとは思わなかった。
本を読む気がなかったように、私は本を探す気もなかったのかもしれない。そんなふらふらとあてどもなく本棚の間をさまよっていた私が最終的に手に取ったのは1冊の植物図鑑だった。以前にも手に取ったことがあるそれは禁帯出の本で、他にも数冊ある植物図鑑の中で唯一ある花が載っている本だ。
図書館の中では比較的馴染みのない閲覧室内で図鑑を開いた私は、そのピンクの5枚の花びらが可憐な花のページまで繰ると音を立てないようにやや深い息をして、その花の名前で呼ばれていた人の姿を思い浮かべた。
ロサ・カニーナ。私もあんな風に勇気を持てるだろうか。結果が出たあとにも誇らしくいられるだろうか。
きっと、こんな風に考えていること自体、私には自信が足りないということの証明なのだと思う。静さまのように私は強くない。だけど私はそれを知っているから、こうしてその花を見ることをおまじないにして勇気を出そうとする。ほんの1か月前に知った花なのに、それは確かに私を勇気付けてくれるものになっていた。
「……?」
そんなときだ。タタタッと外から足音が近付いてきたと思ったらバンッとやや乱暴に扉が開け閉めされる音がした。
何事だろう。私は姉のように野次馬根性が旺盛な方ではなかったけれど、その理由を確かめるために席を立った。いくらおまじないの花と言っても、5分も1枚の写真を見ていればもういいという気にもなる。それに図書館という場所にまったく似つかわしくないその音にわずかに不快感を抱いていたのかもしれなくて。
「あ……っと、ごめんなさい」
私がそんな乱暴な侵入者を視界に捉えたとき、ちょうどその人はカウンターにいる高等部の図書委員の人に厳しい視線を送られて、周囲に向かって小さな声で謝りながら軽く頭を下げているところだった。
私はその姿に少し……いや、少しよりもう少し驚く。だって、2つの細い三つ編みを揺らすその人は高等部の生徒会のメンバー。他の生徒のお手本にならなきゃいけない側の人だったのだから。『黄薔薇革命』のときかわら版で知ったその容姿を、私はもちろん忘れてはいなかった。その人は黄薔薇のつぼみの妹、島津由乃さまだ。
由乃さまは下げた頭を上げるとまたずんずんと、今度は足音こそ立てていなかったけれど、やっぱりあまりこの場所には似つかわしくない足取りで目当ての本棚に進んでいった。そして、編み物や料理の本を手に取ると片っ端から開く姿は清々しいくらいで、私はもうそれに見入るしかなかった。由乃さまの背中は「お姉さまの隠した宝を探しているんだ」って、気迫にあふれていた。
そのうちに、由乃さまに続くように数人の高等部の生徒の集団が宝探しに訪れた。由乃さまよりはだいぶ静かに。
その生徒たちは由乃さまが一心不乱に編み物や料理の本から宝を探していることに首をかしげ、由乃さまはその生徒たちの存在を認めるとほどなく図書館から去っていった。ここにはないわよ。そんな自信に満ちた表情を見ていたのは私だけかもしれなかった。