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他の学校のことはよくわからないけれど、リリアン女学園は明治創立の伝統あるお嬢さま学校だからか大っぴらに規則を破る子はまずいない学校で、そんな空気の中で育ってきたせいかそこに通う子は皆、基本的に善良な思考で物事を見てくれる。
それに私、築山なつは「大っぴら」だろうと「こっそり」だろうと、普段規則を破ることはそもそもほとんどしたことのない生徒だったし、度胸のあるタイプとも見られていないだろうから、周りも私がバレンタインにチョコを持ってくるなんてきっと思わないだろう。
そんな期待も多少混じった予想をしていた私ではあったけれど、実際にその場になればもちろん緊張をすることになったのも間違いなく事実だった。それは背筋を伸ばして覚悟も決めていたとしても。
私は小心で、嘘つきの才能はない。いざ持ち物検査となったとき、自己主張を強めるように大きくなる胸の鼓動とじんわりと心にほのかに広がった罪悪感に私は強くそう思った。
ただ、そのときも私は背筋を伸ばし続けることをやめなかったし、隠していることを白状することもなかった。だから、そうやって結局は自分の思いのために人を欺ける以上、仮に誰かから嘘つきだと言われたときに、弁解することができないことだってきっと確かなのだろう。
いずれにしても、予想のような期待、私の望みは叶ってくれた。
もしかしたら私は自分が思っているよりずっと、周りからは優等生と映っていたのかもしれない。先生が生徒全員を細かにチェックする時間はないし、同級生もそんな私に念入りなチェックを入れることはしなかった。だから片手に乗せるのがちょうどいいくらいのその箱とそこに収められたものは私以外誰も知ることなく、だけど確かにその日禁止されている中等部に存在することになったのだ。
「ふわ〜ぁ」
そんな風に、チョコを持ち込むということのために考えたり悩んだりした時間に比べれば、あっさりと……と言うのはひどく傲慢かもしれないけれど、とにかく望みどおりに事を運ぶことができた私は、授業がはじまって少ししてからようやく密かに胸をなで下ろし、小さくあくびを漏らした。
夜眠れなかったわけじゃない。でも、この特別な日を翌日に控えた夜の眠りはいつもよりだいぶ浅かったのかもしれない。午前中の授業の間、私は合計5回あくびが出る口を手で押さえた。
そんな、私がほんの少し安心に浸っていた授業のあとのこと。
「ん?」
昼休み、顔を合わせた隣のクラスのその子は「ごきげんよう」も飛ばして首をひねった。
「どうかした? 菜々さん」
私もあんまりその菜々さんの様子が変だったから「ごきげんよう」は省略して尋ねた。だけど菜々さんはなおも首をひねるばかり。
「うーん、何だろう? 何かな?」
「菜々さん? ねえ、何って何?」
「うーん……」
そして、私の質問は無視したまま、ついには菜々さんは顔を近付けるとくんくんと私の匂いを嗅ごうとする。何かとても興味深そうな表情で。菜々さんは何か面白いことを見つけたのだろうか? だけど、理由もわからずその対象にされた私にとってはそれはかなり居心地が悪くて、だから今度は少し強く言ったのだ。
「ちょっと、菜々さん。さっきから何なの?」
「あっ、ごめん」
「ごめんじゃなくて、ねえ、さっきから何してるの?」
いくら最近結構仲良くなったとはいっても、突然こんなわからないことをされてその意図を汲み取れるほど私は菜々さんのことはわからない。もちろん、理由があっても嫌なものは嫌だろうけど。
すると、菜々さんは改めて「ごめんね。なっちゃん」と頭を下げるとやっと答えを返してくれた。「ちょっと間違い探しをね」と。
「間違い……探し?」
オウム返しする私はつい不安になって、自分の制服のリボンやスカートをきょろきょろ見回した。だけど、そんなわかりやすいところに何かあるなら菜々さんが見つけてる。結局ただ戸惑っただけの私は視線を戻すと、すっと菜々さんと目が合って。
そして私は息をのんだ。菜々さんのその表情と、つぶやいたその言葉に。
「うん。何がどうとは言えないんだけど、なっちゃん今日はいつもと違うよね?」
いつの間にか、菜々さんは興味津々という風ではなく、何かを見極めようとするような真剣な顔をしていた。