− 43 −
高等部と中等部の違いは数え切れないほどあるけれど、中でもその日というのはその差がよく現れる日の1つなのだと思う。
バレンタインデー。2月に入り、それが話題に上ること自体は姉の話を聞く限り高等部も中等部もそう変わらないようだけれど、その先は天と地ほども違っているのだ。
規則と先生とシスターの厳しい中等部と、これといった規則はなく上級生が下級生を指導する高等部。
そこから生まれるバレンタインデーという日の差はとても簡単で、それはつまり、高等部なら学校にチョコを持ってこれるけど、中等部ではチョコは持ってこれないという、たったそれだけのこと。ただ、それはもちろん、チョコを渡したい相手のいる生徒にとっては何よりも大きな差であることは言うまでもない。
その日が近付くにつれ、ただ思いを馳せるしかない中等部ではその話題の盛り上がりが頭打ちになっていくのに対し、高等部では盛り上がる一方。高等部のお姉さま方の多くが同じ境遇の中等部時代を過ごした経験の持ち主である以上、中等部の生徒はそれに不満を言うことはできないけれど、だからこそ、かえって羨む気持ちは膨らむのかもしれない。そして、「運悪く」と言うべきか、その年は特に、同じリリアン女学園のその2つの学校での温度の差が大きくなった年だったのだ。
私の学園生活にこれまでも何度も影響を与えてきた姉は、またも高等部に止まらず中等部の私のところまで届くような波を立ててみせた。
「高等部はいいよね。チョコの受け渡しができるだけじゃなくて、こんなに楽しそうなイベントまで用意されているなんて……」
「ほんとほんと。どうして私たち、あと2年生まれるのが早くなかったのかしら……」
「ねえ、なっちゃん。私たち中等部の生徒もどうにか参加できないか三奈子さまに掛け合ってくれない?」
そんな風に、いつもより少しサイズの小さいリリアンかわら版を持って話をしていたクラスメートたちの話題になっていたその「こんなに楽しそうなイベント」こそ、姉が考えた企画だった。
バレンタインデーに高等部で行われる宝探し。そこで探す宝は『つぼみ』が隠したカードで、それを探し出した人には『つぼみ』との半日デートの権利が与えられるらしい。その内容が普段からリリアンかわら版でわいわいやっている彼女たちにとって心躍るものであることは、それにあまり心惹かれてはいない私でも、もちろんわかることだった。
ただ、そのときの彼女たちは手にしているそのイベント専用のかわら版のようにいつもよりちょっと小さい声で、そのトーンも少し低かった。
「掛け合ってって言われても、ダメなものはダメだよ」
「やっぱりそうだよね……」
きっと、「いいなぁ」と、そろってため息のような、ほっとしたような息をついた彼女たちも本当はわかっているのだ。私の答えが芳しいものじゃないという予想以前に、そもそも自分たちは蚊帳の外にいて、その内側に入っていくことなんてできないということを。
リリアンかわら版は高等部の学校新聞だから、その読者として想定されているのは高等部の生徒であって中等部の生徒ではない。例えば彼女たちのように何らかの方法でかわら版を入手して愛読している子たちの存在というのは、かわら版を作っている姉には鼻が高いことだろうけど、だからといって彼女たちが正規の読者になれるわけではないのだ。
「こうなったらバレンタイン当日、こっそり高等部に忍び込んでみましょうか?」
「コートを着込んでいたらリボンも見えないし大丈夫かもしれないですよね」
「どう思う? なっちゃん」
聞かれた私はそのときふと思った。声のトーンは低いままだけど、未練のように尋ねてくる彼女たちはもしかしたら、私がいなかったら少しずつやる気になってそんなよからぬ企ても実行に移せたのかもしれないと。だけど、私は築山なつで、築山なつはそれに背中を押してあげられるような性格の持ち主ではやっぱりないのだ。
「どうってって言われても、……その、やめておいた方がいいんじゃない?」
「やっぱりそうだよね……」
今度こそ諦めたらしいクラスメートたちに、「うん。ごめんね」と言葉をかけて、私は話を打ち切った。彼女たちには少し申し訳なく思ったけれど、でも私はなるべく自分の考え事に集中していたかったのだ。
バレンタインのチョコレート。中等部の生徒には禁止されているチョコレート。でも……。
私は、それを理由にその日を何もせず通り過ぎてしまっていいのか、実はずっと考えていたのだ。