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 年が明けても姉にとっての苦難は続いていたらしい。
 それはあまり長くない冬休みが終わり数日経ったある日の夜のこと。姉は帰ってくるなりため息をつき、肩を落としたのだ。
「新聞部が手を出せないところでビッグニュースを提供されても嬉しくないわよ」
 私は姉に対してうまいフォローを入れることも、もちろん姉を慰めることも得意ではなかったし、それがリリアンかわら版に関することだとわかってしまった以上、放っておいてもよかったのかもしれない。
 けれど、そのときは一応尋ねた。その日は宿題は終わっていたし、あんまり長くなるようだったらお風呂に逃げることもできると思ったから。
「どうかしたの?」
「どうもこうも、なっちゃんも知ってるでしょ?」
「知ってるって、何を?」
「それはもちろん、静さんのことよ」
「静さま? うん、知ってるけど……あっ」
 姉の「もちろん」は何が「もちろん」なのかいまいちわからなかったけれど、確かに姉が名前を挙げた人のことは私は知っていた。それは基本的には私が一方的に知っているということだけど、きっとその人も私の顔くらいは知ってくれていると思う。むしろこのとき珍しかったのは、姉が挙げたその人は新学期がはじまった学校で最初の驚きを私に与えた人でもあったということ。つまり、私の「あっ」はそういう偶然に対する「あっ」だった。
 姉はつまらなそうに、あるいはそれは、「恨めしそう」と言ってもいいような様子で続ける。
「そうなの。せっかくのスクープなのに選挙関係のことじゃかわら版出すわけにもいかないのよ」
 そして、「まったくもう」と、心底残念そうなため息をつく。私にはそれが「さあ、慰めて」と要求しているような、ちょっと芝居がかったものに見えた。
 ただ、私はそれこそ「もちろん」慰めの言葉なんてかけなかった。だって、そんなことしたら姉が調子に乗るとか、慰めるということの得意不得意とかそれ以前に、そもそも私にとってその話は初耳で、まず驚いていたから。
「え……? 選挙?」
「そう、選挙。選挙なのよ」
 期待していた言葉をかけてもらえなかった姉は改めてもう1度ぼやくと、さっきよりもわかりやすく「さあ、慰めて」という顔をしようとした。だけどふと、私が返した反応が疑問符付きだったことに気付くとそれを中止していぶかしげに尋ねる。
「って、なっちゃんももちろん知ってるわよね? 静さんが山百合会役員選挙に立候補するらしいってこと」
「ううん。知らない」
 首を横に振った私は、ようやく自分の中で「静さま」と「選挙」という2つの別々の話が1つになって「へえ、そうなんだ」という状態だった。やっぱり姉の「もちろん」は何が「もちろん」なのかわからない。だって、姉がスクープだと言っているような段階のことを私が知っているわけがないじゃないか。
「じゃあ、なっちゃん。さっきの『あっ』って何だったの?」
「あっ」
 わざとじゃないけれど、私は納得すると姉が聞いてきたその声をまた上げていた。どうやら、さっきの私の「あっ」も姉にはこの「あっ」と同じように何かに合点がいったときに出す声と映っていたらしい。だから話は通じていると思ってそのまま進めたら行き違いになった。と、そういうことのようだった。
 私はそんな分析のために一拍置いて、それから冷静に聞かれたことに答えた。さっきの「あっ」の理由を。
「それは、そういえば静さま、ばっさり髪を切っていたなって思い出したから」
「つまり何? なっちゃんは選挙のことは知らなかったの?」
「うん」
「何だ。そうだったの」
 どうやら、私の一連の反応は姉に肩透かしを食わせたらしい。「はぁ……」とため息をつく姉の肩の落とし方は話しはじめたときとは若干違っているように見えた。
「じゃあ、お姉ちゃんが教えてあげるわ」
 気を取り直して姉がそう言ったから、私は珍しく素直に「うん、教えて。お姉ちゃん」とうなずいた。大体の話の内容はもうわかってしまっている気はしたけれど、気を取り直してもどうも力ない様子の姉がちょっと可哀想に思えたから。そして、それがほんの少し、私のせいのような気もしなくもなかったから。


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