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「今度はきっと、復縁が流行るわよ」
また歩き出して少し、にやりと笑みを浮かべた真美さまはその言葉にほんのちょっとだけ皮肉を込めていたのかもしれない。離れたときと同じように、きっとまた忙しなくその流れに乗って元に戻ろうとするだろう人たちに向けて。
当の黄薔薇姉妹は元の鞘に戻って、ブームに乗った姉妹も同じように元に戻る。だけど、それをきっかけに真剣に離れることになった姉妹が元に戻ることはない。姉妹が別れるなんてこと普段はほとんどないことだから、そんな風にたくさんの姉妹を揺り動かした『黄薔薇革命』はきっと、とても大きな意味のある出来事だったんじゃないかと思う。
「まあ、無責任に言っていいなら、だけどね」
そうやって振り返るように語る真美さまの言葉に耳を傾けながら、隣を歩く私は考えていた。私にとっての『黄薔薇革命』は、真美さまのようにもう終わったことなのだろうか、と。私の心はどこかに安心できるところに着地してくれたのだろうかと。そして思った。たぶん、私にとってもそれはもう、終わりにしていいことなんだろうって。
このまま歩いて家に帰り着いたあと、間違いなくまた私は『黄薔薇革命』について考えたりするのだろう。でもそのときに、私が心を痛めることや、思い悩んで落ち着かないということはきっともうないと思う。そして私は、その理由もたぶん、ちゃんとわかっているのだ。
『じゃあやっぱり、なっちゃんはその真美さまに話を聞かないと、そのもやもやも晴れないんじゃない?』
(うん、そうだね。本当にそうだったよ。菜々さん)
心の中で思い起こした言葉に私はこっそりとうなずいた。
私がそれを終わりにできるのは『黄薔薇革命』の、その全てに納得ができたからじゃない。その人の考えを、その言葉を聞くことができたから。それを口にしたときの揺るぎのない瞳を、その優しい苦笑いを感じることができたからだ。
そしてそれは、真美さまが白と言えば白で、黒と言えば黒だなんてそんなわけでももちろんない。真美さまは結局、私と同じ意味の「よかった」を口にしてはくれなかった。私だってその言葉や考えに全てうなずけたわけじゃなかった。だけど、それでももう私はいいと思うのだ。
「雨、強くなってきたわね」
「そうですね」
同じくらいの大きさの小さな2つの傘が並んで歩くそのとき。私はもう、そこにある温度の違う空気の層を厚い壁のようになんて感じてはいなかった。真美さまと私は同じじゃないからそこには確かに温度の違いはあるのだろうけど、でもそれはせいぜい薄い幕くらいのものだと思う。そう、真美さまだって、やっぱり「よかった」んだから。
「こんなことなら傘、ちゃんとしたのを持ってくるんだったわ」
「そうですね」
相づちを打った私は、本当は心の中ではそれに同意していなかった。大きな傘を広げたらこの距離が少し離れてしまうから。2人が差している傘の大きさと同じくらいに、2人の「よかった」という気持ちも差のないものだと思っているから。
「でもよかった。なつちゃんもちゃんと自分で傘を持ってきてくれてて」
「……」
次のその言葉には、私は相づちさえ返さなかった。だってそのとき、私の中にたった1つ、とても小さな後悔が生まれたから。
「あの、真美さまはお姉ちゃんにロザリオを返そうとか、思わなかったんですか?」
「返す理由がないわね。次の編集長を譲ってもらわないといけないし、それに、私がお姉さまの負担になってると思う?」
「いいえ。迷惑かけてるの、お姉ちゃんの方ですよね」
「でしょ? ほんと、困ったお姉さまよ」
「ふふっ。でも『革命』はしないんですよね。真美さまは」
「ええ。返す理由がないもの。ふふ……」
もしも。
そう、もしも私が傘を忘れることができていたなら、こんな風に笑い合う瞬間の2人の空は真美さまのその小さな折りたたみ傘1つだったかもしれない。もっと近く、例えば伸ばさなくても手が触れ合うくらい真美さまのそばに寄ることができたかもしれない。
私の中にふわりと落ちた小さな後悔、それは私の大きな1つの願いだった。