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「あおり立てた側の私が言うのは申し訳ないし、なんていうかフェアじゃない気もするんだけどね」
 そう断りを入れて、やっぱりほっとした表情で真美さまは漏らした。「でも、元に戻ってくれて本当によかったわ」と。
 感じていたとおり、雨も少しだけど強くなったようだった。さわさわと音もなく傘に無数の粒をつけていた雨が、傘に当たると微かな微かな自己主張のようにぽつぽつという音を立てはじめている。
 その空模様は私の心模様とはきっと重なるものではないのだろうけど、いずれにしても、そのとき私はなるべく濡れないように小さな傘にうまく隠れることより、目の前の人をはっきり見つめることが大事だと思った。
 私とほとんど同じ大きさの小さな空の下にいるその人も私を見つめ返してくれていた。その人、真美さまは続ける。
「由乃さん……あ、わかると思うけど黄薔薇のつぼみの妹ね。その由乃さんが、今度は自分から『妹にしてください』って言って、黄薔薇姉妹は復縁したのよ。昨日のことなんだけど」
「そうだったんですか。わかりました。それで真美さまは……」
 詳しい事実関係なんて、言い方は悪いけれど私には別にどうでもよかった。私にとっては薔薇ファミリーも後追い破局の姉妹も、それは結局かわら版の中の人でしかなかったのだ。私にとって知りたいのは、かわら版の中じゃなく、確かに今その顔を見つめられる場所にいる真美さまの気持ち、ただそれだけだったのだから。
「私が、何?」
「あの……、つまり真美さまは、黄薔薇の姉妹が元に戻ったから『よかった』んですか?」
 『黄薔薇革命』、確かにそれは私にとっては最終的には関係のないものだったかもしれない。でも、だからといってそれで私の胸が痛まなかったわけでもない。姉妹が別れるということは哀しいことで、私はその哀しさを思ったからこそ、その記事を目にしてからずっとざわつく心が何なのか考えを巡らせていたのだから。
 真美さまは「難しい質問するわね」と小さく小さく微笑むと、「だけど……、いい質問」とそれよりちょっと大きめに苦笑する。そして……。
「なつちゃん。あのね」
「はい」
「仮に、黄薔薇姉妹が復縁していなかったとしても、それでも私は、その破局を記事にしたこと間違いだったとはきっと思わなかったと思う」
「……はい」
「ただ、そのときになつちゃんに今日みたいに聞かれていたらきっと、今日よりずっと答えるのは難しかったと思う」
「……はい」
 どうしてだろう。真美さまのその答えの裏側には、間違いなく私が聞いたそのとおりのものがあるはずなのに。答えだって「そうね。だから『よかった』のよね」と、たったそれだけで済むはずのことなのに。どうして真美さまは、その「よかった」を黄薔薇姉妹の復縁と結び付けてくれないのだろう。
「真美さま、それは、元通りになったから『よかった』ってつなげちゃいけないことなんですか?」
 私はどうしても聞かずにはいられなかった。だって、私の中でそれはそうやってつながっていたし、そうつながるからこそ納得できるのだ。そして何より、私はそうつながってほしかった。姉妹が元に戻ったから「よかった」んだって。
 だけど、あくまで真美さまはそう答えてはくれなかった。
「いけないってことはないわよ。私も、やっぱりほっとしたしね」
「……」
 どうしてだろう。それはきっと同じ気持ちだって言ってもいいことのはずなのに。私と同じ気持ちだって言ってくれてもいいはずのものなのに……。
「本当に『よかった』わ。なつちゃんが来てくれるのが、昨日や一昨日じゃなくて」
 私の願いに真美さまは応えてはくれなかった。微笑む真美さまに私はもう何も言えなかった。それなのに。
 どうして私はこんなにも、「よかった」って、そう思っているのだろう。そういう真美さまで「よかった」って。


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