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「雨、降ってきちゃったみたいね」
「……そう、みたいですね」
どんよりと垂れ込めていた雲はついにぽつぽつと滴を落としはじめたようだ。真美さまのそのつぶやきに窓の外に視線を向けると、はっきりと見えはしなかったけれど、確かにそんな気配がしていた。季節は秋が冬にちょうどバトンタッチをしたくらい。だから私は、それはきっととても冷たい雨なんだろうと思った。
その天気は私の心模様に合わせてくれたものだったのだろうか。胸の辺りに重苦しさを感じて顔を上げられずにいた、そんな私の。
もちろん、世界の天気が私の気分でいちいち変わってしまうなんてことありえない。だからそれは、そのとき私が降り出した雨に自分の心を重ねていただけ。
曇りより雨の方が悪い天気だなんて一方的に決め付けちゃいけない。どっちつかずでいるよりずっといい。望ましいものとは違っていても、私は私自身が納得するために必要なステップを1つ踏むことができたのだから。
「なつちゃん、傘持ってきてる?」
「はい。あります」
ミルクホールを後にするとき真美さまに尋ねられて私はそう返すことができた。こうなることを予想していたわけではないけれど折りたたみの傘は用意してあったから。そして、答えて私はふと気付いた。傘がなかったら、雨は完全に「悪い」ものだったに違いないって。
「でも、そうね……。確かに、私がこんな風に言えるのも、考えていられるのも今だからかもしれないのよね」
独り言のように、真美さまがそう話しはじめたのは高等部の校舎を出て少し、傘についた雨粒もまだ今ならがんばれば数えられるくらいのときだった。
雨はあまり強くない。いや、はっきり「弱い」と言ってもいいかもしれないくらい。同じように傘を用意していた真美さまも折りたたみの傘だったから、隣同士の距離もそんなに離れてはいなくて、いずれにしてもその声は私の耳にちゃんと届いていた。
「後追い破局の姉妹を取材していたとき、ほとんどの子はブームに乗っただけのミーハーな子たちだったわ」
「……」
私は相づちを打つこともなく、ただその言葉に耳を傾ける。その言葉はどこへ向かっていくためのものなのだろう? 何を意図しているものなのだろう? 前を向いている真美さまは必ずしも私に語りかけている様子ではないし、その表情も淡々と変化のないものだったから、私には何もわからなかった。
真美さまは続ける。
「ただね。中には真剣に考えてロザリオを返した子もいたの。本当に考えて、それでロザリオを返した子も」
「……」
「妹からロザリオを返していいなんて知らなかったって。……あ、もちろんそれは今でもしていいことじゃないんだけどね」
真美さまが何を言いたいのか、私は少しわかったような気がした。そしてそれは、やっぱり隣を歩いていてもその間に厚い空気の層が横たわっていることを私に確認させるものだった。真美さまは真美さま自身の気持ちと行動で、自分の考えを持っている。「その子はリストにも入れなかった」というそれも、そんな真美さまの価値観の現れに違いなかった。
私は結論を出す。
「……真美さまは、『黄薔薇革命』はよかったとお考えなんですね」
「そうね。今だからそう思えるのかもしれないけど、よかったって言っていい気がするわ」
「……そうですか」
真美さまは私がそれに対してどう思っているか、ちゃんとわかっていた。ただ、それが真美さまの意見を左右するようなことはないというだけのこと。
ふと見上げると、傘についた雨粒はもう数えることなんてできないくらいになっていた。それに粒同士がくっついて定まった形を失っていたらどこからどこまでが1粒なのかもわからない。
雨は、少し強くなったかもしれない。