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「そうね。号外まで出したところがお姉さまらしいところかしら」
そんなどうにも否定のしようのない言葉からはじまった真美さまの答えは、ふわふわ、ゆらゆら落ち着きのない私の心をどこかに着地させてくれるような、そういうものではなかった。
私は間違いなく期待していて、真美さまならきっと、姉が面白おかしい話題に仕立てた『黄薔薇革命』に手厳しい意見を言ってくれると勝手に思い込んでいたのだろう。
「号外は……、まあ、さすがにちょっとやりすぎかとも思うんだけどね。でも、結局のところ記事にはしたと思うわ」
付け加えられた「私が編集長でもね」という言葉も、その答えが姉をかばうとか、姉を弁護するためのものじゃないと私に理解させるには十分だった。だって、真美さまはちゃんと自分の意見を持っている人なのだから。
「……」
たぶん、そのとき私は確かに気落ちしていて、それはきっと、きつい言葉を使えば「落胆」や「失望」の成分さえ含んだ心模様だったに違いない。だから、勢いの続かなくなった私は「どうしてですか?」と、その理由を尋ねることもできなかったのだ。期待とは違う答えが返ってくる、それが怖くて。
「山百合会って、本当に特別なのよ」
しみじみと、噛みしめるようにそう口にすると、真美さまは一旦間を置いてりんごジュースをすすった。一息分吸い上げるとゆっくり味わうように嚥下して、それから首を大きく2回回す。最初に時計回り、次に反時計回り。それは、こんな言葉あるのかわからないけれど、「思い出し疲れ」を解消しようとしているような、そんな動作だった。
「山百合会だったら、破局も記事にしていいんですか?」
そして、ようやく尋ねた私は、自分の口から出ていった言葉にとげが含まれていたことを、自分の耳から入ってきたその言葉の勢いで知った。それはきっと私の不満の表れ。真美さまがどのくらい「山百合会」のために苦労しているとしても、それは私の気持ちに訴えるものではなかったから。
勝手に期待をかけていたのは私の方だからそんな風に思うこと自体筋違いだったけれど、でも私はそんな風に思うくらい、真美さまなら納得させてくれる何かを私に与えてくれると信じていたのだ。
「とげ」を確かに感じ取ったのだろう。真美さまは苦笑い混じりに返した。
「単純に良いか悪いかで言ったら、記事にするのは良くない……ううん、きっと『悪い』ことでしょうね」
「じゃあ、どうして……」
腑に落ちず、ふつふつと浮き上がってくる気持ちはするりとのどを通り抜け、そのまま言葉になって漏れた。それならそっとしておいてあげればいいじゃない。どうして「悪い」と思ってるのにそんなことをするの。どうして……。
「そうね……」
真美さまはそんな私の珍しく素早い反応が意外だったのか、一瞬驚いたように瞬くと、考えるようにそうつぶやいて一度視線を外した。
そしてそれから数秒、ゆっくりと斜め上辺りに投げていた視線を真美さまは、前よりもはっきりと私に合わせ。
「お姉さまはどうか知らないけれど、私は噂を一人歩きさせておく方がかえって厄介だと思うからかしら」
真美さまは言う。それは、山百合会のことはみんなが知りたがって、だから山百合会の噂は魅力的で、魅力的な噂には尾ひれもたくさんついてしまうからだと。
「……だから、記事にしてもいいってことですか?」
さっきよりは小さくなったとげを、でも間違いなく含んで言葉が出ていく。はじめは望んでいない答えを引き出すのを怖れていたはずなのに、私はいつの間にかその答えを聞き出す方向に傾いていた。それはまるで何か引き寄せられるように。もしかしたら、それは目の前にいるこの人に誘導されたように。
「そうじゃないわね」
真美さまはきっぱりと首を横に振る。それはそこに待ち受けているものが、この日まで私の期待していた「真美さまの言葉」とは正反対のものだということを先読みできるほどにはっきりとしたものだった。
そう、そして真美さまは、微笑みにさえ確かな自分の意思をのぞかせて言ったのだ。
「あえてこう言うけど、『記事にした方がいい』ってことよ」
揺らぎのない瞳とぴんと伸びた背筋。それは私の目標である山口真美さまの姿そのものだった。