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 その日の授業に体育がなくてよかったと思う。もしもこの日体育の授業があったとしたら、私は味方のパスしてくれたボールを顔でキャッチするくらいのことはきっとしていただろうから。
 この頃体育の授業はバスケットボールだった。でも、仮にそれがバレーボールにだったとしても、走り幅跳びだったとしても、その日体育があったなら私は何かしら痛い思いをすることになっただろう。体育は上の空でやるものじゃない。
 真美さまに聞きたいことをまとめる。その課題を与えられた私にとって、その日の授業時間中に優先されることは黒板の問題を解くことでも、先生の話に耳を傾けることでもなくなった。何をどう聞けばいいのだろう。「考えすぎ」の私は一応考えがまとまっても、それでいいのかとまた考えていたから、結局午前も午後も1日授業に集中することはなかった。
 ただ、その日私は運が良かった。先生に当てられたのは3回あったけど、そのどれも簡単な問題で、一応成績は上の下くらいで通っている私は正解を答えることができたのだ。そしてそのたび、私は都合よくマリア様に感謝したりしていた。
 「薔薇」という漢字は難しい。でも覚えるきっかけがあれば案外簡単に覚えられるものでもある。私はその日の最初の授業中にノートの隅に書いた「黄ばら革命」の「ばら」が気に入らなくて、その授業が終わるとすぐに辞書を引いて漢字を調べた。
 薔薇 薔薇 薔薇 薔薇 薔薇。
 その自主的な書き取りの練習で私は「ばら」を正しく漢字で書けるようになって、そしてその成果とどれだけ関係があるかはちょっとわからないけれど、与えられた課題への答えも最終的にはその1つに絞られたのだ。
「真美さまは、『黄薔薇革命』をどう思っていらっしゃるんですか?」
 放課後、図書館で落ち合って、そのあと連れられていった高等部のミルクホールで私は切り出した。考えてみて、やっぱりそれが大事なことだと思ったから。私が真美さまの意見、気持ち、言葉を聞きたい一番がそれだと思ったから。
 真美さまはどんな質問が向けられると予想していたのだろうか。いや、私はいろいろ考えなきゃいけなかったけれど、真美さまには何かを考える必要はなかったのだから、予想なんてなかったかもしれない。
「また、なつちゃんには迷惑をかけちゃったのね……」
 いずれにしてもその質問に真美さまは驚いたような感心したような、わずかに興味を惹かれたような表情をして、そうつぶやいた。
 たぶん、その言葉は謝ろうとかそういうことじゃなくて、間をつなぐためのものなんだと思う。そのあとには「ごめんね」とか、そういった類の言葉は続かなかったし、私もそれでよかった。私は抗議をしてるわけじゃない。言い方は悪いけれど、謝られることでごまかされたりするのは嫌だったから。
「んー……」
 答えがうまく考え付かないのか真美さまは、ちょっと行儀悪く紙パックのりんごジュースのストローをくわえたまま小さくうなる。
 私自身、その質問がひどく漠然としたものだということくらいわかっていたけれど、それが真美さまにしてもそうだったことがわかると少し、申し訳なくていたたまれないような、でもかえって期待が湧くような不思議な気持ちだった。
 自分で買った真美さまと同じりんごジュースには口をつけなかった。いや、つけられなかった。ストローを刺すタイミングを逃してしまっていたから。
「飲まないの?」
「あ、はいっ。飲みます」
 どうしてだろう。そんなに私はわかりやすいのだろうか。考え事の片手間に簡単に葛藤を見抜かれた私は、なんとなく釈然としない気持ちでストローを突き刺して、口をつけなかった時間の分を取り返すように吸い上げた。
「なつちゃんって美味しそうに飲むわね」
 真美さまがそう指摘したとおり、真美さまと同じりんごジュースは確かに美味しかった。
「あ、……すみません」
 そう返して、真美さまがくすりとしてから気が付いた。別に謝るところじゃなかったってことに。


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