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 なっちゃん、真美のことが、好きなの?
 私がその言葉に感じたのはごくごく簡単なこと。「私、今、何か大変なことを言われた気がする」と、ただそれだけ。もちろんそれは裏を返せば、私にはその程度のことしか感じることができなかったということでもあるのだけれど。
 そのとき、私はその言葉の意味をほとんど理解なんてできていなかったけれど、でも、その言葉が私に与えた衝撃は大きくて、それは私を時間の流れから振り落とすのに十分なものだった。
(……え……、……わた……し…………なに…………)
 それから私は、どれくらいの間、時の止まった世界にいただろうか。目に映る景色も、耳から入る音も何も私に響くことはない。頭は何も考えていなくて、だから自分の身体が硬直しているのかそれとも小刻みに震えていたのか、それさえわからなかった。
 でも、もちろん時の歩みが止まることなんて決してないから。
 だから「時間が止まったように感じた」なんて言葉で表現するような状態は、きっと時間の感覚が吹き飛んで、時の流れと自分の思考がばっさりと切り離されてしまった状態のことを言うのだろう。
 そう、それがこのときの私。
 そしてそんな私は、実のところその言葉の意味を理解したから時の流れにまた戻って来れたわけじゃなくて、偶然でしかないきっかけがあって、はっと我に返っただけ。もしも自力で理解するまで戻れなかったとしたら、それこそ、いつ私は帰って来られたかわからないくらいだった。
「……」
「な……っちゃん?」
 そのきっかけ。それはもちろん、何かとてもまずいことをしたって顔の姉が、私の名前を呼んだからではない。
「……」
「う、うそっ。ごめん、何でもないわ。今のなし!」
 ましてそれはひどく焦った口調で姉が、その言葉をなかったことにしようとしたからでもない。
 プルルルルッ……プルルルルッ……
「……っあ! 電話っ」
 そのきっかけは部屋の外から聞こえた小さな音だった。機械的で規則的で、何も特別なことなんてない電話のベルの音。ただそれは、そのときその瞬間だけは私にとって何より心を揺らす効果を持った音だった。
 どうしてか? 理由なんてわからないし、理由なんていらない。ただ、そのときは確かにそうだったのだ。
「ちょ、ちょっと、なっちゃん」
 姉が何か言いたげだったこともお構いなしに私は急ぎ足で姉の部屋を後にした。姉が何を言いたかったか、私はそれなりにわかっているつもりだった。私が出なくたってお母さんがその電話を取るだろうし、それにまだ話は終わっていないと、そういうことだろう。
 でも、時間の流れに戻った私はそのとき自分の状態が明らかにおかしいことを理解していて、そしてもちろん、それが姉の言った言葉のせいであることも理解していたのだ。
(『なっちゃん、真美のことが好きなの?』)
 心は脳みそにあるんじゃない。私は手を当てて押さえていないと何かとんでもない動きをしそうな心臓の鼓動に強くそう思った。
 プルルルルッ……プルルルルッ……
 焦る素振りもなくゆっくり電話に駆け寄るお母さんを押しのけるように受話器を取った。
「は、はいっ。築山です」
 相手が誰かなんて知らないけれど、このとき私は、この世界のどこからか私を助けてくれたその人とつながったことにひどくほっとしていた。


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