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 クラスメートたちになのか、私になのか。
 私の尻餅を防いでくれたその子がどちらに対して落ち着いた方がいいと言ったのか、はっきりとはわからない。ただ、私は私にかけられた言葉だと思ったし、きっとクラスメートも自分たちにかけられたように感じたのだと思う。同い年とは思えないくらい落ち着いた物腰の彼女の言葉には何だかそういう力があった。
 その言葉のおかげで私たちが皆、ちょっと冷静になることができたことを確認するとその子は支えていた私の背中から手を離す。
「大丈夫そうだね」
「ありがと、菜々さん」
 彼女の名前をちゃんと漢字まで思い出してお礼を言った。隣のクラスのその子は有馬菜々さん。おでこを開けたセミロングの髪がつややかできれいな子だ。1年生のときにはクラスが一緒だったから名前は知っている。そのときの印象は頼りになる子という感じ。そういえばクラスが分かれた今年も体育祭では活躍していた。
「どういたしまして」
 菜々さんはその髪を小さく揺らして微笑むと、「それで、何がそんなに面白いの?」なんて今度は興味津々といった具合に聞いてきた。大人っぽいのか子どもっぽいのか、菜々さんは不思議だ。私はちょっとだけ困惑する。
 クラスメートのかわら版は私を通り越して菜々さんに渡る。そして、それを見た瞬間に菜々さんの瞳は確かにきらめいた。私はまだ内容を知らないその記事は、菜々さんにもきっと面白いものと映ったんだと思う。
「黄薔薇革命……」
(黄薔薇……革命?)
 菜々さんのつぶやいた意味不明な言葉(もちろんそれが記事の内容なのだろうけど)を心の中で反芻すると、その言葉から私はあまり「面白い」とか「楽しい」感じは受けなかった。だから勝手に頭に浮かぶ内容もやっぱり楽しげになんてなるわけもない。
 「黄薔薇」というのはきっと高等部の生徒会である山百合会の「黄薔薇さま」に関係することで……。「革命」っていうのは……何だかものすごく変わること? じゃあ、黄薔薇さまが変わったとか? でも、そんな……。
「はい」
 そして、私が全然話についていけていなかったことを察してくれた菜々さんが回してくれたそのかわら版は、そんな私の予想をはるかに超える衝撃的なものだった。
 前回だか前々回だかにも使われていた黄薔薇のつぼみとその妹の写真が、今度は2人の真ん中で破かれているようにレイアウトされている。それは一目見ただけでも2人が破局したことを伝えるのに余りあるものだった。
「ずいぶんとセンセーショナルだよね」
「……」
 たぶん、いいとか悪いとか言っているんじゃない菜々さんの言葉にも相づちさえ浮かばなかった。
 こんなのって記事にしていいの? いいことなの、お姉ちゃん?
 私はそこに「号外」という文字があることにも気付いて、もっと心がざわざわと好ましくない方向に傾いた気がした。何でわざわざそんなことまでしなくちゃいけないんだろう? だって、絶対2人は哀しいはずなのに……。
「……大丈夫?」
「う、うん。大丈夫」
 菜々さんがまた私を支えようとしたのに気付いて、私はあわてて背筋に力を入れて姿勢を正した。心の状態は決していいなんて言えないけれど、別に身体の調子まで悪いわけじゃないのだから。
 そして、そのとき私ははっと思ったのだ。この号外、真美さまはどんな風に思ってるんだろうって。


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