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中等部も高等部も大学もそれぞれの学園祭が終わり、学校自体の空気がすうっと静まっていく感じ。秋色の景色に冬色の風が吹く。それはそんな季節のある朝のことだった。
その日もいつもと同じ時間、いつもと同じように本を読みながら電車に揺られ、よくあるようにバス停で出会った真純さまと途中まで一緒に登校した私は教室に着くなり熱烈な歓迎を受けたのだ。
「あっ! なっちゃん、なっちゃん!!」
「ねえねえ、これって本当?」
「なっちゃんはもっと知ってるんでしょ? 教えてよー」
それは言い方を変えると激しい取材攻勢だった。
「え、え……ちょ、ちょっと……」
勢い込んで迫ってくるクラスメートの迫力にかなり気圧されていた私の言葉はだいぶ情けなかったけど、それでも自分ではがんばった方だと思う。私はクラスメートの1人が手にしているのが間違いなくリリアンかわら版であることから、つまり「これ」というのはかわら版の記事のことなんだと、そのときなんとか理解することができていたのだから。
本当は格好よく「おあいにく。私に聞かれても記事の内容以上のことなんてわからないわよ」とでも返せたらいいのだろうけど、そんな自分の性格や能力とかけ離れた期待をしては自分自身が可哀想というものだ。
でも……、と私は思った。クラスメートたちだって私にかわら版のことを尋ねても、新たな情報なんて出てこないことは理解しはじめていたはずなのにどうしたことだろう。お姉ちゃんは何かとんでもないことをしでかしたんだろうか? そんな風に考えが膨らむと私はちょっと怖くなった。
「なっちゃんはあの築山三奈子さまの妹だもんね」
「ご存知なんでしょ?」
「ねえ、なっちゃんっ」
クラスメートたちは私の言葉に一瞬だけ治まっていたけれど、あっという間にまた元に戻った。
その関所は教室に一歩入っただけのところにある。その向こう側にはいつもよりずいぶん遠く感じる自分の席。せめて今のタイミングで、かばんだけでも置かせてと言っておけばよかった、と、そのときの私は後悔する方向もずいぶんずれていたから、やっぱりかなり動揺していたのだと思う。
「わ、私……知らないよ……」
「またまたー」
私の言葉にクラスメートたちは今度は一瞬たりとも治まらなかった。きっと「知らない」とか「やってない」とか、そういう言葉は動揺丸出しで言うと逆の意味に聞こえるんだと思う。もちろんそれは、私が本当に知らなかったとしても。
そもそも姉からかわら版を見せてもらっているわけでない私は、記事の内容を彼女たちより先に知ることはない。でも、そんな事情をクラスメートに話したことはないし、仮に今それを話しても信じてもらえないだろうからきっとそれは無意味なことだ。
期待に満ち満ちたクラスメートたちの圧力は大きくて、でも、それを防ぐための手段は私にはまったくと言っていいほどなかった。
ジリ、ジリ……、と、私は徐々に後ずさる。そして教室から廊下に押し出される瞬間、私は教室と廊下の敷居に引っかかって後ろにバランスを崩した。
(わっ……!)
ポスッ
(……あれ?)
けれど、絶対尻餅をつくと思ったのに、私の身体はその途中で止まった。何かが背中を支えてくれて私は倒れずに済んだのだ。
体勢をとりあえずだけ立て直して、すぐ振り向いて確認する。と、そこにはとても落ち着いた表情があった。そしてそれは、その変化をはっきりと見せるように、今度はゆっくりちょっと呆れたような笑みに変わる。
私の背中を押さえてくれた、その隣のクラスの子はつぶやいた。
「ねえ、もうちょっと落ち着いたら?」