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 一度自分の目でどんな人なのかを確かめたら、それまでは影響されないようにシャットアウトしていた他の人からの情報も受け入れられるようになる。それが二度、三度ともなればもう大丈夫。怖いものなし……というのはよくわからないけど、とにかく大丈夫だ。
 そうして私は、自分で知ったその人と、姉から漏れっぱなしの情報から少しずつ、でも確実にその人のことがわかるようになっていった。
 もちろんそれは、1人の人のことを「わかった」なんて言えるほどじゃない。ただそれでも、私の中に人物事典があるとしたら「山口真美さま」という項目にはいろいろ書き加えられて、そこに「姉の妹」と「私を『なつちゃん』と呼ぶ人」だけしかなかった頃からすれば充実した内容になっていたのだ。
 その内容を1つ1つ挙げていったらキリがないけれど、それは例えば、「髪型はショートカットの髪を七三分け。サイドの髪は耳にかけ、前髪はピンで留めている。」とか「細身でスポーツが得意そうなのに、実は体力がなくて運動は苦手。」とか「気配を消して近付いて、突然現れるのが得意。」など、容姿のことから特技のようなものまで様々。そして、その中で一番大事なのはやっぱりその人の性格のことだと思う。
 山口真美さまは、築山なつと結構似ている。几帳面な性格や、基本的に真面目なところ。でも、知れば知るほど真美さまは私よりずっと上手で、2つの歳の差以上に先を進んでいるその人は私にとってお手本のような、目標のような存在に思えた。
 お姉さまにだって自分の思ったことをビシビシ言える。特にそれは、心の中で思っていることとそれを口に出すことが上手くつなげられない私にとってはすごいと思うことで、わずかに羨ましいと思うことでもあった。しかも真美さまの場合、それはただ常に遠慮なく言うだけじゃないのだ。
 聞き上手と言えばいいのか、引き出し上手と言えばいいのか、真美さまは私と話すときはきっと築山なつに合わせた話しやすい空気や、話を引き出すような会話の仕方を意識的にしているのだと思う。そう、そんな風にしなやかで巧みな相手に合わせた距離感が私が真美さまには絶対敵わないと思うところだった。
 そもそもどうして、私がそんな風に真美さまについていろいろと知ることができるようになったのか、きっかけはよく覚えていないけれど、いつの間にか私たちは同じ話題を話すことのできる仲間だった。
 山口真美さまと築山なつ。2人の共通点は性格云々よりもまず「築山三奈子の妹」であるということ。
 だから、それが共通点としてある以上、話題としてその人物のことが出やすいというのは仕方ないことだと思う。そして、それが共通点としてある以上、その話題が姉に対する愚痴になってしまうのだって仕方ないことだと思う。だって姉が築山三奈子なのだ。仕方ないことだと思う。たぶん。
「この前なんて、2日後にはかわら版出さなきゃいけないのに急に全部の記事を入れ替えるなんて言い出したのよ」
「この前なんて、寝坊して時間がないからって家を出ようとしてた私を引き止めて寝癖直しのブラッシングさせたんですよ」
 真美さまは高等部で私は中等部だからそんなにいつも会うわけじゃないけれど、会えばどちらともなく姉の愚痴を漏らす。「愚痴仲間」なんて言ったらすごく後ろ向きに聞こえる気がするけれど、少なくとも私はそれが後ろ向きなものとは思わなかった。
 私は姉のことが嫌いじゃなくて、真美さまも姉のことが嫌いじゃない。
 そして、築山三奈子の妹である以上、迷惑をかけられたり、振り回されたりするのも仕方ないことだとお互いもうわかっている。
 私たちは築山三奈子を「好き」と「嫌い」のどちらかに分けるとしたら、相手がちゃんと「嫌い」と逆の方に入れることを知っている。だから、安心してその愚痴だって言うことができたのだろう。
 ただし、そこには私にとっては気を付けなきゃいけないことが1つあった。それは、聞き上手で引き出し上手な真美さまが、いつの間にか私にばっかり姉の悪口を言わせようとしてくること。


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