− 13 −
姉が妙に真面目な顔をしてつぶやく言葉は聞き流しておくに限る。
どうしてか。それはあまりに突拍子もないものだから。しかも、まず間違いなく、その言葉に意味や答えなんてないのだ。
例えば、イエズス様やマリア様はどんな風にリリアンを見守っているのかとか、マリア様だったらスクープをものにするのも簡単なことなのかとか、マリア様の興味のあるネタってどんなものなのかとか。
ちなみにこれは失敗例。いや、正しくは失敗談。私はそれがあんまり考えるだけ無駄なものだったから、つい口出しをしてしまったのだ。
「マリア様をお姉ちゃんと同じだと思わないでよ」
でも、私が呆れた空気たっぷりにそう言ったにもかかわらず、姉は真面目な表情を崩さず、「じゃあ、どこが違うの?」なんて返してきた。どうやらどこもかしこも違うということは理解してもらえないみたいだった。
聞き流さなかった。つまり反応してしまった私は心の中では深いため息をついたけど、それが姉に伝わるわけもなかったから姉はそのまま話を続けた。
「リリアンの中ではさすがに私も分が悪いかもしれないけど、外だったら私の方が断然有利だと思わない?」
「……」
どこをどう考えたら「断然」なんて思えるのだろう? というより、そもそもいつから勝負になったのだろう? 私は姉の思考の発展には全くついていけなくて、ただあ然とするしかなかった。
「ねえ、なっちゃんはどう思う?」
そう尋ねられたときに、もしも私が素直に(と言うのも変だけど)、「そうだね」と答えてあげていたら姉は満足したのだろうか。でも、そう答えたら答えたでまた違うことを聞かれたと思う。
「あ! 私、宿題やらなきゃ」
「もう終わってるって、さっきそう言ってたわよね、なっちゃん」
「う……」
私自身ちょっと理由がまずかったとは思うけど、姉は「ちゃんと」私を逃がさなかった。本当はお風呂に入ると言いたかったけど、そのときはまだ沸かしている途中だったから、それを理由に逃げることはできなかったのだ。
なっちゃんは私の自慢の妹だから、なんて言って。自分は宿題をまだやっていないのにそれから小一時間、姉はマリア様という強敵を相手にいかにより読者を喜ばせるスクープをものにするかを語った。もちろん、付き合わされた私の相づちがだいぶ適当だったのは言うまでもない。
とにもかくにも、一度反応してしまうと途中から聞き流す方向には持っていけないというとても厄介な未来が姉の真面目な話には待っている。だから聞き流すに限るのだ。
でも、ときどき、たまに、まれには私も感心して密かにうなずくようなことを口にするときもある。
その日、姉はまた神妙な顔つきで言った。
「時間はどんなときも休むことなく進んでるけど、疲れないのかしら? 私はちょっとくらい休憩してもいいと思うわ」
「……」
翌日は1週間前に出されたレポート課題の提出日だった。もちろん、私のじゃなく姉の。
姉はその日までその宿題の内容把握すらほとんどしていなくて、いざやろうという段になってあまりの量の多さに、そんな大げさな言い方で泣き言を漏らしたのだ。
私は教訓どおりそんな姉には関わらなかったけれど、心の中ではその言葉を少し考えていた。
時間は止まることなく進んでいる。私は自分を結構着実な性格だと思うけど、でも、時間の流れと比較されたら怠け者に違いない。
1年生から2年生になって、2年生ももう半ば。その日私は、中等部の3年間のうちの半分がいつの間にか終わっているということに気が付いた。
嬉しいとか悲しいとか、そういうことじゃなくて。ただ時は、どんな瞬間も休むことなく歩んでいるのだ。