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「じゃあ、私、行くわね」
結局、真美さまは他の理由を語ることなく、またどこをほっつき歩いているのかわからない姉探しに戻っていった。私に気を遣ったのか、「ただお姉さまを探すよりずっと楽しかった」なんて言葉を残して。
もちろん今度は「ごきげんよう」を忘れることはなかった私は、その日は図書館に戻ることなくそのまま家路についた。借りていた本は返してあるし、また本を探そうという気には何となくならなかったから。
帰りの電車の中、私はかばんに保険として入れてある文庫本を取り出すこともなく、久しぶりにただぼんやりと窓の外を流れる景色を見ていた。
そしてふと思う。別に理由なんて適当に言っておけば、それなりに私を納得させられたに違いないのに、と。そう気付くとあんなわからない答えをもらったことも、今度は何だか悪くないようにも思えた。
こんな風にわからないままでいることで、きっと私はまだ知りたいと思っているのだ。そして次には今よりはもう少し、あの人が姉の妹になった理由がわかるかもしれないって思っている。それはたぶん、漠然と、何となくで納得してしまわなかったからこそだろう。
(……)
わざとかどうかはわからない。もしもそれが私の性格を踏まえた上での計算だったらすごいと思うけど、いずれにしても私はその人に興味を持ちはじめていた。きっと、こうして山口真美さまを面白いと思いはじめているのは、姉情報じゃない何かを私自身が見つけられたからだと思う。……その「何か」が何なのか、それはうまく説明することはできないけれど。
あのあと真美さまは姉をすんなり見つけられたろうか? 「もう慣れた」なんて真美さまは言っていたし、姉が帰ってきたら真美さまにあんまり迷惑をかけないように言っておいた方がいいのかもしれない。
(でも……)
きっとそれは姉には馬の耳に念仏。いや、私たちはリリアン女学園の生徒だから念仏じゃない方がいいのだろうか。だとしたら……。
(馬耳東風……)
「……」
考えて、私は心の中で苦笑した。結局のところ効果がないということだけは決まっていそうだと。自分に興味のあることにはとても耳聡いのに、興味のないこと、聞きたくないことは念仏でも東風でも姉には変わりない。
その日の夕食のとき、私がそんな真美さまのことを話題に出そうかと少しだけ迷っていると、その前に母が別の話題を持ち出した。
「三奈ちゃん」
「なに?」
「部活が楽しいのはもちろんわかっているけれど、もう少しお勉強もがんばって頂戴ね」
母がそんなことを言い出したのは少し前にあった試験で姉の成績がどうも振るわなかった、端的に言えば成績が下がったということがきっと直接の理由。ただ、逆にそのとき私は成績が上がっていて、その日ももう宿題を終わらせていたこともいくらかは影響したのだろう。
それに対して。
「うん、大丈夫大丈夫」
姉の返した言葉は真美さまも使っていた言葉だった。しかも同じように全然大丈夫だと感じられないような使い方で。
それが新聞部の伝統なのか、2人が姉妹だからなのか、それとも単なる偶然だったのか、私にはもちろんわからなかった。私が思ったことは、姉よりも真美さまの方がそれを意識的に使っていたせいか使い方が巧いということ。それだけに使われた側としては困ったものだったということ。
結局、やっぱり姉には言っても無駄だということを確信した私は、その日の出来事を話すことはしなかった。もう慣れたと言っていたし、真美さまにはそういう姉ということで諦めてもらおう。