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姉の学園生活がどんなものなのかなんて私は全然知らない。
だから私は、姉にいつの間にか『リリアンかわら版編集長』という、どのくらいありがたい役職なのかよくわからない肩書きが付いていたこともまったく知らなかった。
他にも、私とは顔を合わせることがなかっただけで、実は姉も結構この図書館に足を運んでいるなんてことは、人から教えてもらわなかったら私はこの先もずっと知ることはなかったと思う。
だって姉が読む本といえば大抵はマンガ。小説などは買っても最後まで読まずに私に貸して、私が読んで返したあともきっとそのまま読むことはないのだ。
そんな、私の中では図書館という場所とは全然結び付くことのない姉がどうして図書館に足を運ぶのかといえば、それはやっぱり本を借りたり、本を読んだりするためじゃなくて、図書委員に1人、記事のネタになるかもしれない人がいるからなのだそうだ。
その事実を教えてくれたのは、そんな姉の私じゃない方の妹、山口真美さま。
つまり真美さまが私に声をかけたのは、締め切り前だというのにどこかに行ってしまった姉を探して図書館に来てみると、探し人はいなかったけどその妹の私を見つけて、行く先を知っているかもしれないと思ったから。
編集長なのだから編集のときにいてくれなきゃ困る。真美さまの言葉はもっともで、それを聞かされた私はただ姉の代わりに申し訳なく思うしかなかった。
「私は見てないです。すみません」
「そう。それは残念。……あ、でも、なつちゃんが謝ることなんて全然ないわ。悪いのはあの人なんだから」
それにもう慣れたし、と、真美さまはその言葉通りのちょっと諦めた顔をする。私は「築山三奈子」との付き合いはかなり長かったから、真美さまは本当にもう慣れた(というか慣れざるを得なかった)のだろうと思って、やっぱり申し訳ない気持ちになった。
姉は果報者だと思う。だってそんな風に言いつつも、真美さまの顔には笑みがちゃんと残っていたのだから。
「じゃあ、私はまた探しに行くわ。邪魔しちゃってごめんね」
「あ、いえ。お役に立てませんで」
(……あ)
そして真美さまがそう話を打ち切ったときになって、我ながら遅いとは思うけれどようやく私は気が付いた。真美さまに会ったら聞きたいことがあったということに。しかも、こんな風に姉の目や耳をを気にすることなく聞ける機会なんてそうはないことだ。
「あの、真美さま」
「ん、何?」
一歩だけ踏み出していた足を止め、また向き直ってくれた真美さまに私は尋ねた。
「真美さまは、どうしてお姉ちゃんなんかの妹になったんですか?」
長く引き止めるのも迷惑だからと、単刀直入に尋ねたそれは確かに唐突過ぎるくらい唐突な質問だったとは思う。真美さまは怪訝そうな表情で私を見ていた。
そして、少し間を置いてからわずかに首をかしげるとぽつり。
「お姉ちゃん、『なんか』?」
「……あ! いえ、その……」
その指摘に私はすぐ自分の失敗に気が付いた。いくら身内とはいえ「なんか」呼ばわりはまずい。
たぶん私は、話の流れのままに特に考えもせずそう口にしてしまっていたのだろう。だけど、そんな分析は私自身だって何の意味もないとわかりきっていた。
真美さまはやや硬い表情でスカートのポケットからメモ帳を取り出す。もう片方の手にはすでにペンが握られている。
「ちょっ、ダメです!」
焦った私は思わず真美さまの腕を掴み、ペンを走らせられるのを阻止していた。だけど。
「ん、いい反応ね。でも大丈夫。メモなんて取らなくても、ちゃーんと覚えたから」
真美さまは「ふふふ」と笑う。
果たしてその言葉のどこに私にとって大丈夫な要素があっただろうか? 明らかに私をからかって遊んでいるその人に、私は「もういいです。行ってください」とやけ気味の言葉を投げるしかなかった。