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 肩透かしを食った感じ。それが正直なところだった。
 もちろん、それはよく考えれば当然のことで、だからそんな風に思うなんて勝手だとはわかっている。ただ、私はやっぱりそういう感覚を抱いてしまっていたのだ。
 どういうことかというとそれは、姉と帰りが一緒になること自体珍しいように、姉のお姉さまとだってそうであったように。姉の妹、その人に会う機会だって実はそれほどあるわけではなかったということ。
 何も知らないのに期待してないなんて失礼極まりない話だと思い直した私は、次にその人に会ったら、今度は姉から聞いた(というか姉が勝手に話した)事前情報は一度忘れて真っ新な状態でその人を見てみようと思っていた。しかし、そんな私の目論見はあっさりと外れてしまったのだ。
 高等部と中等部、同じリリアン女学園と言ってもその敷地は広いし校舎も違う。私がほとんど毎日通っている図書館は共用のものだけど、その人の行動範囲にそこが入っていないならば顔を合わせることはやっぱりない。
 もちろん、私はその人にどうしても会いたいわけじゃなかったし、会わなければならない用があったわけでもない。だからそれを寂しいとか悲しいなんて思ったりは全然しなかったけど、ただきっと、私はちょっと意気込んでいて、だからそれは肩透かしを食った感じだったのだ。
 私にはその人、山口真美さまに会ったらまずこの前のことを謝って、それから尋ねてみたいことがあった。
 現実は別だったかもしれないとしても、姉には一応「理想の妹」の条件があった。だとしたら、姉に選ばれて、姉を選んだその人にも一応「理想のお姉さま」という条件はあったのかもしれない。いや、きっと何かしらあったはずだろう。……現実は別だったとしても。
 その理想が「築山三奈子」という現実と妥協できた理由は何だったのだろう?
 お喋りで快活で大雑把、朝が弱くて、服装がときどき変で、ひどくわがままだと思うときもあるくらいのマイペース、好きなことはとことんやるけど嫌いなことはお尻に火がつかないと全然やらない。そんな人の妹にどうしてなったのだろう?
 私にとってそれは単なる興味という面もなくはなかったけれど、それはこの心にある姉妹というものへのわからない気持ちにも、何かしらの参考になってくれるような気もするものだった。
 そんな気分に私はなっていたから、その日私は初めてその話題を持ち出した。お姉さまに求める条件に「尊敬できる」という項目があるとしたら、断然姉よりも勝っているその人との会話に。
「あの、真純さまが姉妹に求める条件って何ですか?」
「え……」
 その瞬間に真純さまが見せた反応を、私はきっと忘れることはないだろう。
 それはそれまで見たことのない真純さまの表情。たぶんその日もまた本を薦めてくれようとしていた真純さまは、唐突に向けられた質問にひどく驚いていた。
「あの……、真純さま?」
 私は、なぜだかその質問が真純さまにとって大きな衝撃だったらしいことだけは何とか感じ取る。けれど、私に理解できたのは本当にそれだけで、だからもちろん、どうしてそんなに驚くのか、どうしてそれでも驚いていない風を装うのかなんてわかるわけもなかった。
 そして少しの沈黙のあと。
「……妹を持つなら、なっちゃんみたいな子がいいわ」
 真っ直ぐ前を向いて真純さまは言った。私とは目を合わせないように。
 きっと本当は微笑みが作れていたらちゃんと私の方を向いて言うつもりだったのだと、失敗して強張ったその横顔を見て私は思った。
 自分の名前が挙げられても嬉しくない。そして、そんな風に無理矢理な答えを口にして後悔している真純さまを見るのはもっと辛い。
 理由なんてわからない。だけどそのとき、私は真純さまにスールの話はしちゃいけないんだと、強く強く思ったのだ。


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