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 この世界の全てのものを、もしもどうしても「好き」と「嫌い」のどちらかに分けなければならないとしたら、きっと生きてなんていけない。
 「人は」なんて大きな言い方を私のような子どもがしたら笑われるのが関の山だとはわかってる。だけど私は思うのだ。人はそんな風に自分を取り巻く全てのものを、その1つの物差しだけで見ることなんてできないのだと。
 決して嫌いということではなくて、でも、好きということにもやっぱりできない。だからって、その2つ以外にも別の箱を用意して、そこに「普通」とか「どうでもいい」とか「どっちでもある」なんてシールを貼ったら分けられるようになるかと言えば、そういうことでもない。
 姉のお姉さま。私にとってその人はそういう存在だった。
 ただ、わずかに心苦しいような感覚を覚えるのは、私にとってはそうであっても、その人にとってはそうではなかったということがわかっていたから。その人は間違いなく、私のことを「好き」に分けてくれている人だったから。
「えっ。なっちゃんの誕生日、もう過ぎちゃったの?」
「はい、この休みの間に」
「そうだったの。ごめんね。こんなことならちゃんと三奈子に確認しておけばよかった」
「え、いえ……」
 妹の実の妹というのはどういう存在なのだろう?
 その翌日、その人からプレゼントされて私の部屋の住人になったくまのぬいぐるみは、先にいたうさぎより一回り小さくて可愛かった。
 部屋の片隅で並んで座るうさぎとくまを見て私は思い出す。それは私が初等部に上がって少しした頃だっただろうか。両親が2つのぬいぐるみを私たち姉妹にくれたのだ。うさぎとくま。大きさに違いはなかった。
「わたし、うさぎ!」
 姉がそう言ってうさぎに飛びつくと私に選択肢はなかった。くまももちろんちゃんと可愛くて、ただ私にはうさぎの方が可愛く思えただけ。でも、両親がいなくなると姉は私の腕の中のくまを見つめて言ったのだ。
「かえっこして、なっちゃん。私、やっぱりくまの方がいい」
「……うん」
 私はただうなずいて、可愛いくまをそれよりも可愛いうさぎと交換した。姉の気分で振り回されたうさぎとくまと私。あのとき私は嬉しかったかどうか思い出せないけど、今思えばそれは、あのときの幼い姉なりの私に対する気遣いだったのかもしれない。
 それから姉はくまの「くま吉」を大切にして、私はうさぎの「さっちゃん」を大切にした。今はお互いもう遊び相手ではなくなったその2つのぬいぐるみも、いまだにお互いの部屋にはちゃんと居場所がある。
 その2人に差があるとしたら、くま吉はときにはヒーローでときには怪獣で、空を飛ぶこともできたし、外国だか違う星だかの言葉を話すこともできたという過去があり、さっちゃんにはそんな波乱万丈な過去はないというだけ。
 そして今、私の部屋の片隅で並んで座る古いうさぎと新しいくま。だけど、おしとやかなさっちゃんは全然痛んでいなかったから並んでも見劣りすることはない。ただ、一回り大きさの違うそのうさぎとくまが姉妹のように見えるということもないというだけ。
 もうぬいぐるみで遊ぶ年じゃないから。
 私は姉のお姉さまからもらったそのくまのぬいぐるみに名前を付けることはなかった。


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