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内気で引っ込み思案で人見知り。その人は私のことをそんな風に思ったんじゃないかと思う。
そのうち1つは私も自覚していること。そのうち1つはそう思われても仕方ないと思っていること。でも、残りの1つは違うと思っていること。
どういう言葉で表せばいいかはわからないままだけれど、そこに何らかの関係があり、お互い顔を知っている2人となれば相手を見かければもちろん挨拶くらいはすることになる。
頻繁にではないけれど、ときどき顔を合わせるようになったその人は、姉を除けば高等部で私に声をかける2人目の人になった。ただ、私は少なくとも1人目の人と顔を合わせたときには、もっと自然に話をすることができていたのだ。
伴真純さま。その1人目の人。
真純さまは私たち姉妹の家とは市は違うけれど、距離で言えば100メートルも離れていない近所に住んでいる姉の同級生。難関と名高いリリアン女学園の高等部の受験をパスした才媛。姉が足を怪我して不自由だったときに姉の登下校の世話をしてくれた人で、私が出会ったのもそのときだった。
「かばん持ちくらいなら私ができますから」
迷惑をかけるというのに申し訳なさそうになんて全然しない姉の代わりに私がそう言うと、入学早々厄介事を押し付けられたというのに真純さまはあっさりと笑って答えた。
「いいのよ。私、新しい学校で友達もいないから、これもいいチャンスだと思ってるもの」
「あの、でも……」
「いいのいいの」
きっと真純さまならそんな手間のかかるチャンスに頼らなくても友達はできたに決まってる。だけど、そのチャンスのおかげで姉は真純さまと友達になり、そのおかげで私も真純さまと知り合いになることができた。そして、姉の怪我が治ったあとも真純さまと私は見かければ自然と声をかけ合っていた。
真純さまと顔を合わせるのは電車を降り改札を出てバスに乗り込んだあたり、あるいはバスを降りて背の高い門をくぐるあたり。そして、それぞれの校舎に分かれるまでのそれほど長くない時間を2人で歩く。
話題は大抵本のこと。リリアンとは別の私立中学に通っていた真純さまはそのとき私と同じように通学電車の中で本を読むという癖をつけた先輩でもあった。
真純さまはお薦めの本を私に教えてくれて、私がその本を読んだあとは感想を話す。面白かったときもそうでなかったときも。
本当は私も本を薦め返してあげられればよかったけれど、残念ながら私には経験とそれに基づく知識の差は覆せないから、私は早々にその役割分担を楽しむことにした。
考えてみれば、そんな風に比較的よく一緒になるのだから真純さまも同じ電車に乗っているのかもしれない。ある日そんなことに思い至った私だったけれど、だからと言って真純さまを探したりすることはなかった。
真純さまとお喋りをするのは楽しい。でも、それは会えたときにできればいいことだったから、例えば同じ駅だからといって一緒の車両に乗ってまでしたいとは思わない。電車の中では本を読む。だからこそ私は真純さまと話すことが楽しいのだろうから。
同じ駅から同じ時間の同じ電車に乗る。ただ、車両が違うだけ。私は真純さまも電車に揺られながらしているのは私と同じことだと思っていた。
真純さまにお姉さまができることはなかった。だからかもしれない。あるいは、私が抱える姉妹というものへの落ち着かない気持ちを真純さまが感じ取ってくれていたからなのかもしれない。いずれにしても私は、真純さまとは安心してお喋りをすることができていたのだ。
大抵は本のことを話す2人の会話には、スールという話題が上ることはきっと一度もなかった。