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 お姉ちゃんのお姉さま。
 その人は私にとっては何と呼べばいいのだろう?
 お姉さまなのだろうか? それともお姉ちゃんなのだろうか? あるいは私にとっては、それは何の関係もない人なのだろうか?
 その日以来、私の頭の中にはいつもその疑問がちょこんと座っていた。そして、たまに立ち上がってはうろうろして、それなのにちょっとすると答えを見つけたわけでもないのにまた座る。眠りについてくれるときもときどきあった。ただ、いなくなってくれることは結局なかったけれど。
 そんな日々を送っていた私も、周りには初等部時代と変わらない顔があったからか中等部という新しい場所にも慣れ、少しだけ増えた知らない顔のクラスメートともそれなりに付き合うようになっていた。
 姉はそんな私よりもずっと早く新しい場所に慣れたのだと思う。高等部に上がる直前の春休みに足を怪我したときも、それをきっかけに新しい友達を作って毎日がとても楽しそうだった。『リリアンかわら版』という姉の部活が作っている学校新聞の話をするときは特に。そして、そのとき姉は大抵「お姉さまが」と口にするのだ。
 その頃から、だから思い返すとずいぶん早いうちにそうなっていたのだけれど、その頃から姉と私の登校は別々になった。
 スクープを探すのよ、と。それまでより早い時間に目覚ましをかけるようになった姉は、その効果で家を出る時間がまちまちになった。
 思惑どおり早起きできる日もあれば、あんまり早く目覚ましが鳴るからまた寝てしまって、結局遅刻すれすれなんて日もある。いつもほとんど変わらない時間に起きる私は、その不規則で予想できない姉の起床時間に合わせることはできなかった。
 姉がそんな挑戦をはじめた最初の頃は「一緒に行きなさい」と言っていた母も、そのうち「なっちゃんももう中等部だし、1人でも大丈夫ね」なんて諦めるようになったから、私はほどなく毎日1人で同じ時間の電車に乗って登校するようになった。
 初等部のときは授業で必要なとき以外はほとんど利用することのなかった学校の図書館も、そうやって1人の時間を与えられた私にはちょっとした宝石箱になり、電車の中では図書館で借りた本を読む癖がついた。ときどき姉と一緒になると、以前は当たり前だった会話をしながらの登校さえ少し変な感じに思えたりしたくらい。
 そんなある日のこと。
 部活動で毎日遅い姉とは朝にそれに輪をかけて一緒になることのない帰りの電車で私たち姉妹は珍しく顔を合わせた。
 姉の隣には姉と同じ制服の見覚えのない人。でも、私はその人が誰なのかたぶんそのとき直感的に理解していたのだと思う。
「ごきげんよう。はじめまして。なっちゃん」
「……ごきげんよう。……はじめまして」
 お喋りな姉のことだから、その人が私の名前を知っていることは十分予想できていた。そしてもちろん、いずれその人に会うことになるということだって……。
 柔らかく微笑みかけてくる姉のお姉さま。だけど私はその帰り道ほとんど無言で、その人と目を合わせることは結局なかった。
 ぱちりと目を覚ました疑問が元気よく頭の中を駆け回る。
 姉は当たり前のようにその人を「お姉さま」と呼び、その人は当たり前のように姉を「三奈子」と呼んでいた。


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