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誰かの妹になる。その人に選ばれて、その人を選んで姉妹になる。
「姉」というのは生まれたときから自分の姉なのだと思っていた私、築山なつは、『スール』という関係をはじめて知ったとき不思議な気持ちになったことを覚えている。
私は、ときどき起こる夫婦喧嘩も見てるこっちがちょっと恥ずかしいと思うくらい円満な両親の間に生まれ、当たり前のことだけれど、私が生まれたときにはもう姉はそこにいた。
姉の三奈子とは3つ違いの2人姉妹。
体力にしろ知力にしろ飛び抜けた才能なんて持っていない私には、姉が常に先に過ごすその3年という歳月は埋めようのない差で、だからきっと、私は物心がつくより先に自分が妹という立場にあることを理解していたのだと思う。
成長するにつれ、私たち姉妹は生まれ持った性格の違いか、両親の育て方に何か違いがあったのか、あるいはその立場の違いかはわからないけれど、あまり似ていない姉妹に育った。お喋りで快活で大雑把な姉と、口下手で引っ込み思案で几帳面な妹。そんな風に。
私は姉が嫌いではなく、たぶん姉も私のことは嫌いではないと思う。お互いのテンポは少し合わないけれど、私たちは確かに姉妹だから、きっと本当は好き嫌いなんて簡単には言えないものなのかもしれない。
いずれにしても、私は漠然と思っていた。姉は姉で、私は妹。2人の姉妹という関係はずっとずっと変わらないものなのだと。
そんな私たち姉妹に……、いや、そんな私にとって最初の転機が訪れたのは、私が中等部の1年生に、そして姉が高等部の1年生になって少し経ったある日のことだった。
大体いつもお喋りで明るい姉はその日、家に帰ってくるなりいつもより何割増しかの浮かれた口調で言ったのだ。
「お姉さまができたの!」
普段から姉は私にはよくわからないことを言うことがあったのだけれど、そのとき私の中に浮かんだ疑問符はこれまでの人生の中でも最大級だった。
お姉ちゃんに、お姉さまができた……。お姉ちゃんに……、お姉さまが……?
意味が全然わからなかった。
だから、そのとき私が両親のどちらにも疑いの目を向けたりしなかったことは、自分のことだけど褒めてあげてもいいと思う。
「お姉さま」と呼ぶ人ができたらしい姉は私が尋ねるより先に説明をはじめた。
ただ、首に掛けられたロザリオを自慢げに見せながら話す姉は、どちらかと言えば自分が話したいだけだったから、私がその話をどれだけ理解できているのか、なんてことには気を回してはくれなかったけれど。
『姉妹制度』。
それは私たち姉妹の通うリリアン女学園の中でも、姉の通う高等部だけにしかない制度。上級生からロザリオを受けることによってその人と姉妹(スール)になることができる。
姉が「お姉さま」と呼ぶようになった人は姉と同じ新聞部の先輩で……。
本当は他にもいろいろ、その人とのなれそめや、その人が好きなもの、本当にたくさんのことを姉は話したのけれど、まるで濁流のような勢いのそれは私の中を暴れまわるだけで、結局それが過ぎ去ったあとに私が握っていられたのはせいぜいその「お姉さま」の名前くらいだった。
その日の夜、濁流に押し流されたあとの私は日記にただ1行、「お姉ちゃんにお姉さまができた。」と書き留めただけでベッドにもぐった。きっと、次の日に落ち着いてから書いた方がいいということさえ思い付かなかったのだ。
目を閉じるとまぶたの裏に勝手に浮かぶひどく緩んだ顔。それは、それまで私がまったく知らなかった姉の顔だった。
私の知らないもう1つの姉妹。お姉ちゃんを変えた「お姉さま」。
その夜、私は何かとても落ち着かなくて、眠りにつくのも起きているのもどちらも心地よくないようにしか思えなかった。たぶん、そのとき私の心は漠然と、心細さのような感覚を抱いていたのだと思う。