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 遠回りして改めて渡された質問は、その通った道のせいか、なんとなく前よりも回答へのハードルが上がっているような気がした。
 ただ、私は少しの間真美さまには待ってもらって落ち着いて考えはしたけれど、だからといってそれにあまり考え込むことはなかった。
 私自身、実は最初からわかっていたのかもしれない。ハードルが高く見えるというそれは、真美さまにいいところを見せたい私が勝手にそう思っているだけで、真美さまは必ずしも答えに正解を求めているわけではないということを。
「いいと思います」
 私は言った。「山百合会の人たちがもめたりしてないなら、わざわざもめるようなことを書くよりずっと」と。
 例えばそこにはいくつかあまり褒められたことじゃない事実があったとしても、それに巻き込まれた当事者である白薔薇さまや二条乃梨子さまが不満を言っていないのだとしたら、周りからあえてあおり立てるような真似はしなくていいし、たぶん、しない方がいい。
 私にとって誰よりも信じられる目をした真美さまが「でもきっと」と言った。それが一番大切なことのはずだから。
 私の目に映るテーブルの上の写真も、そこに写る2人は「姉妹」と言っても違和感のないものに見える。西洋人形のような容姿の白薔薇さまと日本人形のような容姿の二条乃梨子さまのそれは、「血のつながった」という意味ではない方の姉妹に。
 そして、その「どっきり」を明かしたとき、紅薔薇さまも言ったそうだ。2人に対して「美しい姉妹愛を見せてくれた」と。だとしたら、山百合会の人たちだって、願っていることは同じかもしれないから。
「そうね。どこかの騒ぎを起こすのが好きな人じゃあるまいし」
 そんなとても偉そうな私の論評にも、真美さまはどこか嬉しそうにうなずいてくれた。私はもちろん、その真美さまよりもずっと嬉しかった。
「山百合会の人たちはわかっていたのかもしれないですね。大丈夫だって」
 そうだったらいいと、そんな願望混じりに私は続けた。
 真美さま自身マリア祭の前に会ったとき言っていたとおり、まだ真美さまは白薔薇さまとは親しくなかったから白薔薇さまのことをあまりわかっていなかった。だからこそこんな風に心配をして、そういう真美さまの思いやりと気遣いを私はすごく優しくて真美さまらしいと思う。でも。
「わかっていたって、何を?」
 笑みが真っ直ぐ私を向いて、私も真っ直ぐに答えを返した。
「はい。あの、もしかしたら、真美さまには見えていない部分があって、それは山百合会の人たちには見えている部分で、だから、その部分を知っていた山百合会の人たちはそういう風にしても大丈夫だってわかっていたのかもしれないって」
 白薔薇さまのそれは単なる好き嫌いよりはずっと難しいものだったとしても、白薔薇さまがアレルギー症状を起こさないということに確信を持った上での「どっきり」だったなら、それは「友情のため」って言って許される範囲に入れていいかもしれない。白薔薇さまも、そういう仲間たちだからこそ許せたのかもしれない。
 全てに「かもしれない」が付く私のその考えは、思い込みと想像と願望の混ぜ合わさったものでしかなかった。
 本当に、そんな不確実なことを私は、真美さまに対して何をこんなに偉そうに言っていたのだろう。それは、どうかしていたと言って平謝りするしかないくらい。
 実際私は、私のその言葉に真美さまが無言でじっと見つめてきたから、大きくなっていた気もあっという間にしぼんで弱気になって。
「うまく言えませんけど……」
 逸らすタイミングを逃してしまった視線が真美さまの顔で定まりなく泳いだ。真美さまの表情からはどんどん笑みが薄れていって、それに代わるように真剣さを帯びていく。それは私にはとても心穏やかではいられない変化だった。
 そして、今度こそ本当に叱られるかもしれないと、そう思った私が先手を取って謝ろうと「すみませんっ」の「す」を口から出しかけたそのときだ。
 その私より先に、真美さまの口から言葉がこぼれた。それは私がさっき口にした言葉。
「私には、見えていない部分がある……ね」
 噛みしめるような、とても丁寧なそのつぶやきに私は出しかけた声ごと息をのむ。真美さまの声で耳に届いたその言葉は、自分が口にしたときとは比べ物にならないほど重みを増していて。
 そして、何かを言うなんてもちろん、もう視線を泳がせることもできなくなった私が見つめる中、真美さまはゆっくりと次の言葉を落とした。
「やっぱり、なつちゃんだわ」
 肺の中全部を入れ替えるような深い息をついて、真美さまはまるで憑き物が落ちたように笑った。


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